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(平成26年9月16日から)

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雨の登校!大変だった~!!09/25 09:14
今日の授業風景09/24 11:57
学校だより No.23 を追加09/24 07:22
業間休みの風景09/23 15:03
4連休明け!秋らしくなってきました!09/23 09:54
1年生国語「うみのかくれんぼ」09/18 14:57
教育実習の先生の授業!09/18 12:07
朝の風景09/18 08:51
学校だより No.22 を追加09/18 07:10
今日の授業風景09/17 12:56
業間休み!09/17 11:06
5年生 ALTの先生と英語の授業09/16 13:27
2年生 自分専用ののボールで運動!09/16 09:46
3年理科 かげはどんなところにできるのだろう09/15 12:17
5年生 まだ見ぬ奈良の大仏イメージ作り09/15 11:32
朝の風景09/15 11:24
学校だより No.21 を追加09/15 07:15
4年生体育 ボール運動09/14 09:52
朝のあいさつ運動09/14 09:36
今年度第1回目のクラブ活動!!09/11 16:31
朝の風景09/11 09:00
お米ができそう!5年生米作り09/10 15:19
4年生、外国語活動「道案内」09/10 13:51
力いっぱい動いたよ!1年生体育09/10 13:25
今日の授業風景09/09 09:49
5年生家庭科 小物入れづくり09/08 12:11
台風一過の運動場 業間休み!!09/08 11:48
学校だより No.20 を追加09/08 07:16
樹木選定 ありがとうございました!09/05 10:36
ビオトープ観察!09/04 11:31
3年生 幅跳び練習09/04 11:04
世界に1つだけのTシャツ作り 5年生藍染め体験!09/03 12:05
順調です!!5年生の米作り!09/02 10:38
今日の授業風景09/02 09:42
朝の風景09/02 08:49
2学期スタート!!09/01 10:08
学校だより No.19 を追加09/01 07:22
5年生・6年生 インターネット安全教室08/31 12:20
1学期の終業式08/31 09:40
どんより曇り空!!08/28 11:15
種がとれたよ!!08/28 10:13
学校だより No.18 を追加08/28 07:17
4年生、夏の生き物観察!08/27 10:14
今日も朝からとっても暑いです08/26 08:26
4年生道徳 『「正直」五十円分』08/25 10:14
アサガオのたねとり!1年生 08/25 10:01
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久しぶり!長い業間休み!!08/24 11:03
通常授業が始まりました!08/24 10:21
学校だより No.16 を追加08/24 07:21

令和2年9月25日 キャリア教育について

キャリア教育

変化の激しい時代を生きる子どもたちが「生きる力」を身につけ、しっかりとした勤労観、職業観を形成し、それぞれが直面するであろう様々な課題に柔軟かつたくましく対応する力を高めることが重要な課題となっています。社会的・職業的自立に向け、必要な能力や態度を育て、一人一人のキャリア発達を支援するキャリア教育が強く求められています。

将来の夢や目標に向かって主体的にキャリア形成と自己実現を図れるよう、学校教育は、特別活動を要としつつ、総合的な学習の時間や学校行事、道徳科や各教科等、学校の教育活動全体を通じてキャリア教育を実施しなければなりません。キャリア教育の要となる特別活動では、よりよい生活や人間関係を築くために、子どもたちが自分たちで役割を分担し合ったり、任された仕事の責任を果たしたりするなど、集団の一員として、集団に寄与する活動が展開されなければなりません。子どもたちは、その活動過程で、達成感や充実感を味わい、仲間と互いのよさを認め合ったり自分の成長に気づいたりするなど、「自分自身の持ち味やよいところ」や「仲間から必要とされていること」、「自分も役に立っていること」を実感することができます。

明治大学文学部教授 諸富祥彦さん著書「『7つの力』を育てるキャリア教育 小学校から中学・高校まで」(図書文化社)の中で子どもにつけたい7つの力について、次のような提案をしています。

①「出会いに生き方を学ぶ力」

さまざまな人との出会いのなかで「生き方のモデル」を見いだし、自分の生き方を考えることのできる力

②「夢見る力」

例えば、「10年後の私」を思い浮かべて、じぶんは「ああなりたい」「こんなことをしてみたい」と思い描く力。

③「自分を見つめ、選択する力」

自分は本当は何をしたいのか、自己選択できる力。

④「コミュニケーション能力」

はじめて会った人でも心と心が通い合える人間関係を作ることができる力、ソーシャルスキルを越えた、人とふれあう力。

⑤「達成する力」

小さな目標であっても、自分で決めた目標を達成することによって、自分の仕事を責任もってこなせる人間なんだと感じる力

⑥「七転び八起きの力」

失敗や挫折に負けず、チャレンジする力

⑦「社会貢献を喜べる力」

仕事を通して、自分が社会役立っていると、人の役に立っていると喜びや生きがいを感じる力

子どもの幸福を見据えたキャリア形成を諸富さんは提案されています。今、子どもたちが「生きる力」を身につけ、社会の激しい変化に流されることなく、それぞれが直面するであろう様々な課題に柔軟かつたくましく対応し、社会人として自立していくことができるようにする教育が強く求められています。

 

令和2年9月23日 読書の秋

読書の秋

秋といえば、スポーツの秋、食欲の秋、芸術の秋、読書の秋と、様々な秋が思い浮かびます。あなたはどの秋が好きですか。秋は、暑さが落ち着き、集中力が高まり、読書を好む人にとっては最適な季節です。

「灯火親しむべし」、これは、中国唐時代の詩人韓愈(かんゆ)の作品「符読書城南」にある一節です。「秋の夜長は灯火の下で読書するのがふさわしい」という意味で解釈されています。日本では、夏目漱石が明治時代に発表した小説『三四郎』の中でこの詩を引用したのが「読書の秋」の所以といわれています。

まだまだ学校では、図書室で本をゆっくりと読むことはできませんが、学校の図書室にはたくさんの本があります。是非、気に入った本を見つけて秋の夜長を読書で楽しんでみてはいかがでしょう。

でも、なかなか読書の習慣がない人もいます。そんな人には、次のことがお薦めです。

1 自分の好きなジャンルから選ぶ

  推理小説、SF小説、歴史、サイエンスなど、自分の好きなジャンルを選んで読んでみましょう。

2 自分好きなジャンルが見つからない

  「読もう」という気持ちはあるけど、何を読んだらいいのかわからない人は、タイトルを見て面白うそうなものを選ぶとか、まずは短い本からチャレンジしてみるというのも一つかもしれません。

3 本を読む目標を決めましょう

  「1日に10ページ読むようにする」とか、「1日に10分読む」なんてことでもいいと思います。まずはやってみましょう。

4 面白かったことを誰かに伝えよう

  読んだ本が面白かったら、多くの人が誰かに伝えたい気持ちになります。是非、読書仲間を作って本の内容の共有を図るのもいいと思います。教えてもらった人も、その本が読みたくなるかもしれません。

 

令和2年9月18日(金) 読解力について

読解力の低下について

2018年に実施されたOECD生徒の学習到達度調査の結果によると、読書を肯定的にとらえる生徒や本を読む頻度が高い生徒のほうが、読解力が高いことがわかりました。本の中でもフィクション、ノンフィクション、新聞をよく読む生徒の読解力の得点が、国際的に高い傾向にありました。日本の結果は、79か国・地域のうち、「読解力」は15位と過去最低となりました。調査結果の分析によると、日本の生徒の正答率が比較的低かった問題には、テキストから情報を探し出す問題やテキストの質と信憑性を評価する問題などがありました。また、読解力の自由記述形式の問題において、自分の考えを他者に伝わるように根拠を示して説明することに引き続き課題がみられました。

国立情報学研究所教授・同社会共有知研究センター長の新井 紀子は、著書「AIに負けない子どもを育てる」(東洋経済新報社)の中で、「意味を理解して読むことができない」という現象が想定外に広がっていると、また、「教科書を生徒が読めるのか」という問題意識を持たず、「真剣に読もうと思えば、読めるはず」と思い込んで、見過ごしてきたと指摘しています。中高生に「あなたは教科書が読めていますか?」と尋ねると、8割以上の生徒が「はい」と答えます。多くの場合「文字が読める=読める」と思っています。正確に読むとは、そう簡単なことではなく、それが読めるかどうかで人生が大きく左右されます。基礎的・汎用的読解力を身につけて中学校、高校を卒業させることが21世紀の公教育の果たすべき役割の「一丁目1番地」だと。

国立情報学研究所を中心とした研究チームが、大学入試を突破する人工知能(AI)の研究を通して開発した基礎的読解力を測定するためのRST(リーディングスキルテスト)があります。これは、「日本語のルールに従って教科書の文章を読むことができない生徒がいるのではないか」という仮説からスタートした「基礎的な読む力」を測るテストです。教科書などの文章に書かれている意味を正確にとらえ、新しい知識を身につけるために必要な「骨太の読む力」を科学的に測定・診断します。「よく問題を読んでごらん」と指導をしても腑に落ちない顔をしている生徒が相当数います。やる気がないのではなく、教科書を読めていないのかもしれません。
  RSTには、例えばしたのような問題があります。※体験版 

アミラーゼという酵素はグルコースがつながってできたデンプンを分解するが、同じグルコースからできていても、形が違うセルロースは分解できない。

この文脈において、以下の文中の空欄にあてはまる最も適当なものを選択肢のうちから1つ選びなさい。

 

 ・グルコースからできているのは、デンプンと(   )である。

   ①セルロース   ②アミラーゼ   ③酵素   ④形
                                         答え ①

学校において読解力の涵養に資する教科は国語です。小学校段階における国語教育は極めて重要で、人間関係形成の能力としての「話す」「聞く」「話し合う」の力を確実に育成することが求められています。この時期には、「読む・書く」の「繰り返し練習」により国語の知識を確実に身につけさせ、あらゆる知的活動の基盤となる国語力の基礎をしっかりと築くための授業改善が求められています。

 

令和2年9月17日(木) 掃除について

清掃活動

給食を食べ、昼休みをはさんで掃除の時間です。子どもたちはそれぞれに割り振られた掃除場所に移動して、清掃活動に入ります。掃除場所は、教室、廊下、階段、トイレ、体育館、図工室や音楽室などの特別教室です。清掃活動の時間は先生たちも子どもたちと一緒に行います。とにかく、一生懸命に取り組む子が多く、わたしも時々ですが、掃除場所をまわると、頑張っている子どもたちの姿に感動します。あいさつも掃除も進んで取り組むことができるうちの子は素晴らしい子どもたちです。一人ひとりの行動がみんなのためになっています。
    

海外の国々では、子どもたちに清掃活動をさせるところは多くありません。日本では、毎日一定の時間を定めて清掃活動を大切な教育活動の一環として取り組まれています。学習指導要領では、「清掃などの当番活動や係活動等の自己の役割を自覚して協働することの意義を理解し、社会の一員として役割を果たすために必要となることについて主体的に考えて行動すること」とあります。清掃活動を行う意義は、

  学級や学校の生活の向上に貢献したりする喜びを実感すること

  所属する集団や地域の中でその一員として責任や役割を担うこと

と、清掃を通じて奉仕活動への意識やその喜びを体感できます。また、集団活動の大切さを学ぶ良い機会にもなっています。

少し前ですが、2018年ロシアで開催されたサッカーワールドカップ、惜しくもベスト8進出にはなりませんでした。しかし、海外のメディアから、代表チームを支えるサポーターがいつも試合後に自分たちがいた場所を掃除してからスタジアムをあとにしていたことが称賛されました。実はこのことは、1995年に開催されたワールドカップメキシコ大会の予選大会から始まっています。韓国戦敗退後、韓国人サポーターがスタジアムのゴミ拾いをする姿を目撃した日本人サポーターが「サッカーでもサポーターとしても負けた」と感じたのがきっかけです。そして、応援に使用する青いごみ袋に、試合後はゴミを集めるサポーターの姿がスタジアムの観客席で見られるようになったのです。海外各国のサポーターも日本人サポーターにならってゴミを集めるようになり、2018年に開催されたFIFAワールドカップロシア大会では、日本人サポーターにならって複数の国のサポーターがゴミ拾いをする姿が報道されました。

日本人サポーターのゴミ拾いの姿が高く評価され、海外のサポーターへと清掃活動の輪が広がっていくのは素敵なことです。これも日本人は小学校の頃から、掃除の習慣を身につけていたからでしょう。
 

令和2年9月15日 絵本「かわいそうなぞう」から

絵本「かわいそうなぞう」から

14日()の3時間目、2年生の教室をのぞくと、絵本「かわいそうなぞう」を題材に授業をしていました。「かわいそうなぞう」の読み聞かせから、殺される象に焦点を当てて、生命の大切さを考えるとともに戦争の悲惨さを子どもたちは、子どもたちなりに真剣に考えていたようです。

「かわいそうなぞう」は、終戦間近の昭和20年、空襲をうける東京で、市民の安全のために動物たちを殺さざるを得なかった上野動物園の飼育係を描いた実話に基づく物語です。物語のあらすじは、第二次世界大戦が激しくなり、毎日のように東京には爆弾が雨のように振り落とされます。爆弾で動物園の檻が破壊されたとき、猛獣が逃げ出して暴れてしまうということでライオンやトラ、ヒョウ、クマが殺されます。残すはゾウのジョン、トンキー、ワンリーだけになってしまうのです。3頭のゾウに毒の入った餌を与えるのですが、賢いゾウは餌を吐き出してしまい、その後は毒餌を食べなくなります。毒を注射しようにも、象の硬い皮膚に針が折れてしまうため、餌や水を与えるのを止めて餓死するのを待つことになります。ゾウたちは餌をもらうために必死に芸をしたりするのですが、順に餓死してしまいます。

子どもたちは、「かわいそうなぞう」のタイトルから何がかわいそうなのかを想像し、このお話を聞きました。子どもたちは、殺された象の気持ちになって「かわいそう」「くるしい」「かなしい」といった感想を発言していました。「どうしてぞうが死んだのか」「どうして死ななければならなかったのか」と、いつも、ものが言えない動物たちや弱い立場にあるものが戦争の犠牲になることを学ぶ機会となりました。

  

 

令和2年9月11日 鴻池の子はあいさつが得意

鴻池の子はあいさつが得意
 うちの子(鴻池小の子どもたち)は挨拶がとっても得意です。朝、門のところに立っていると、「おはようございます!」と、わたしよりも先にする子どもがいっぱい。こちらからあいさつを返すと、また「おはようございます」と、何度もあいさつをしてくれます。中には、遠くの方から手を振って大きな声であいさつをする子や、きちんと立ち止まってお辞儀をしてあいさつをする子、被っている帽子をわざわざ取ってあいさつをする子やどの子もあいさつが得意です。
     

あいさつは、よい人間関係を築くためには、欠かせないとっても大切なものです。あいさつはコミュニケーションの基本です。大人でも子どもでもコミュニケーションがうまくいかなくて、誤解を生じることがあります。まずは、あいさつからです。それができている子どもたちはとっても素晴らしい子どもたちです。

わたしも小学生のときには、近所の人に出会ったときや知り合いの人に出会ったときには、あいさつだけはきちんとしなさいと両親から教えられました。勉強ができても運動ができても、あいさつができなければダメと教えられたものです。

あいさつは、自分の心を開いて、相手に近づくことだと思います。「わたしはここにいるよ」と、そして、あいさつが返ってきたときには、自分の存在を認めてくれたのだとうれしくなります。でも、あいさつが返ってこないときもあります。そんなときは、ちょっと悲しくなるのは誰でも同じです。あいさつは、人と人との心をつなぐ架け橋となります。「あいさつは魔法の力」です。いつでも、どこでも、自分から先にあいさつができることが大切です。

   次の詩は「あいさつは魔法の力」という詩の一節です。

「あいさつは魔法の力」             

    ちょっと勇気がいるけれど    
    思い切って声を出してみよう  
    あいさつは魔法の力       

    朝は“おはよう”で いい気分  

    ほらこんな風に          

    世界中に大きな声で

    おはよう「グッドモーニング」

    こんにちは「ハロー」

    ほらこんな風に
 

令和2年9月10日(木)3年生「夕日が背中を押してくる」

3年生 夕日が背中を押してくる

3年生は、国語科の学習で詩「夕日が背中を押してくる」の学習をします。

暗くなり始めた夕方、沈んでゆく夕日を擬人化し、夕日があたかも「もうすぐ暗くなるから、早く帰りなさいと」とでっかい声で子どもたちに呼びかけているようです。子どもたちも負けじと「そんなに急かすな」と太陽(夕日)に向かってどなります。子どもたちの様子が容易に想像でき、温かい気持ちにしてくれます。感じ方は人それぞれですが、阪田寛夫さんの詩は情景を豊かにしてくれます。
 

また、阪田寛夫さんは、有名な童謡の詩を数多く作られています。「ねこふんじゃった」「サッちゃん」「おなかのへるうた」「いいやつ見つけた」等々、多くの方がきっと聞いたことがあると思います。
      


 

令和2年9月7日 台風10号

台風10号

9月1日()、小笠原近海で発生した台風10号(ハイシェン)。記録的に暖かい海水温の影響で猛発達し、近年にない勢力で日本列島に接近してきました。台風10号は、6日夜遅くから7日明け方にかけて、大型で非常に強い勢力を保ったまま九州の西の海上を北上しています。今後も北上を続け、午前中にも朝鮮半島に上陸するおそれがあります。日本付近からは離れていきますが、昼頃にかけては九州や中国地方では暴風域に入る所があるため、外に出るのは危険な状況が続くようです。近畿地方も中部や南部を中心に広い範囲で雨が降る見込みで、大気の状態が不安定となり、局地的に雷を伴った激しい雨の降る恐れがあるようです。伊丹市でも午前4時4分に暴風警報が発令され、学校も休校となりました。外は晴れていても台風の影響で急に天候が変化する可能性があるため注意が必要です。

暑さがいつまで続くのか気になります。19日は秋の彼岸入りです。よく「暑さ寒さも彼岸まで」と言われますが、今年は、この言葉どおりにはいかないようで、長期予報によると、暑さが続くようです。

秋の訪れをいち早く知らせてくれる「秋の七草」。2年生の掲示板に「みんな覚えられるかな」と、「秋の七草」を紹介しています。「秋の七草」は万葉集に収められた山上憶良の和歌が起源で、春の七草よりも古いものだそうです。

秋の野に 咲きたる花を指折り かき数うれば 七種の花 (万葉集 巻八 )

萩の花 尾花 葛花 瞿麦の花 姫部志 また藤袴 朝貌の花 (万葉集 巻八)

春の七草は七草粥に象徴されるように、長い冬の終わりに新芽の滋養を食し、無病息災を祈願するものです。これに対して秋の七草は、冬に向かう前に咲き誇る花の美しさを愛でるものです。
       

 

令和2年9月3日(木) 「備えあれば憂いなし」

「備えあれば憂いなし」

2日()の5校時終了後、雨が降る中でしたが全校児童一斉下校訓練を行いました。台風の接近により、気象警報が発令された場合を想定し、緊急一斉下校の仕方を確認します。各学年で自然災害についての学習をしたあと、一斉下校を行いました。一斉下校では、実際の時を想定して、安全担当の先生たちが通学路の安全確認を行います。また、各通学路のポイントに立って、安全確認を行うとともに子どもたちの見守りも行います。子どもたちは、8つのコースに別れて、遠いコースから順に下校していきました。
   

「天災は忘れた頃にやってくる」とはよく聞く言葉です。この言葉を言い出したのは物理学者の寺田寅彦さんであると言われていますが、正確なところはわかっていないそうです。しかし、これに相当する発言がいろいろと残されているそうです。いずれにしましても、災害直後の緊張感や心構えを忘れることを戒める言葉です。近年はゲリラ豪雨が頻繁に発生することもあり、水害が増えています。新型コロナウイルスの感染拡大後初の大規模災害となった今年7月の九州豪雨では、九州、中部、東北地方をはじめ、広範な地域において、多くの人命や家屋への被害のほか、ライフライン、地域の産業等にも甚大な被害をもたらしました。

災害は、「いつ」「どこで」起こるかわかりません。日頃から緊急時、非常時に常に備えておく、備えあれば憂いなしです。

 

令和2年9月2日(水) 「あいさつ」

「あいさつ」

1学期の終業式には、「ひとみ輝き 笑顔あふれる学校」にするために、3つのお願いをしました。その一つ目が「気持ちのよいあいさつをしましょう」です。

朝、いつものように門のところに立っていると、遠くの方から大きな声で「おはようございます」と笑顔で、一人だけではありません。たくさんの子どもたちがわたしのあいさつよりも早く、しかも笑顔であいさつをしてくれました。子どもとあいさつでつながる瞬間を感じた気がしました。「あいさつ」というのは、早い者勝ち。「自分から」というのが一番大事だと思っています。「おはようございます」とあいさつをされて悪い気のする人はいません。でも、自分からあいさつしても、もしかしたら相手はしてくれないかもしれない・・・」と考えると、ちょっと勇気がいります。それが身近な人だと照れがあり、地域の人だと「あんまり知っている人じゃないから・・・」といった不安もあります。でも、そんなとき、勇気を出すことが大切だと思います。

昨日、笑顔であいさつしてくれていた人が、今日は少し暗い表情だったり、少し小さな声になっていたり、帽子をとってくれなかったり。

そういう時、いろいろ考えてしまいます。「今日はあいさつする気分じゃないのかな」、「昨日お母さんに叱られたのかな」、「友達とケンカしてしまったのかな」、「宿題を忘れたのかな」、「それとも他に何かあったのかな」と、次々想像してしまいます。

でもいつも優しい笑顔を続けてくれる人もいて、心の中で「なかなかやるな」と感心しています。それは、自分の心をコントロールする力を持った人だけができることだからです。そして、その人とあいさつを交わすのが毎朝楽しみですし、その笑顔を見ると今日も頑張ろうという気持ちになります。人間って単純です。

良いことでも続けるのは難しいのですが、続けるためには2つのコツがあります。

1つは、「三日坊主でもかまわない」ということ。三日間しか続かないで四日目にできなかったとしてもかまわないのですが、もう一度始めることです。つまずいてこけてしまって、倒れたままの人はいません。もう一度立ち上がって歩けばいいのです。倒れるのは仕方ないことです。大切なことは、もう一度立ち上がること。また、倒れても構いません。また起き上がればいいだけです。

2つ目は、「つまらないと思えることでも、一生懸命にしていると楽しくなる」ということです。あいさつでも、掃除でも、勉強でも、強制されて嫌々していると全然楽しくありません。どうせするなら、一生懸命、本気でやっているうちに楽しくなってきます。

 

あいだ みつをさんの「本気」という詩を紹介します。


  「本気」

 なんでもいいからさ  本気でやってごらん

 本気でやれば  たのしいから

 本気でやれば  つかれないから

 つかれても つかれが  さわやかだから

 

令和2年9月1日(火) 2学期スタートの日

令和291日 2学期スタートの日

今日から2学期です。夏休みが明けてからの登校期間は、90日もあります。気持ちも新たに、コロナとうまくつきあいながら学校生活を送らなければなりません。マスクの着用とこまめな手洗い、そして、3つの密を避け、学校生活を送りましょう。

さて、今日91日は、何の日か?今日は「防災の日」です。1923年のこの日、関東大震災が起こりました。マグニチュード7.9の大地震は、近代化した首都圏を襲った唯一の巨大地震でした。神奈川、東京、千葉を中心に関東の広範な地域に被害をもたらせました。ちょうど昼食準備の時間帯だったため、直後から大規模な火災が発生し、更に被害を拡大させました。また、1959926日の「伊勢湾台風」によって、戦後最大の被害を被ったことが契機となって、地震や風水害等に対する心構え等を育成するため、1960年に「防災の日」が創設されました。

2学期、台風の発生とともに日本への上陸が多くなる季節です。明日、92日は、一斉下校訓練を実施する予定です。台風の接近により、気象警報が発令された場合を想定し、緊急一斉下校の仕方を確認します。各学年で自然災害についての学習をしたあと、一斉下校を行うこととしています。また、当日には、安全担当の先生方は、各通学路のポイントに立って、安全確認を行うとともに子どもたちの見守りを行います。

東日本大震災では、学校管理下において児童等が迅速に避難できた学校があった一方、避難の判断が遅れたり、引き渡し後に自宅や帰宅途中で犠牲になったりした子どもたちが多いと伝えられています。自然災害では、想定を超える災害が起こる可能性が常にあり、自ら危険を予測し回避するために、習得した知識に基づいて適切に判断し、迅速な行動をとることができる力を身につけさせることが必要です。

 

令和2年8月31日(月)1学期終業式校長講話

令和2年度 1学期終業式校長講話

今日は、夏休みをはさみましたが1学期終業式の日です。1学期は、54日間ありましたが今日で1学期を終了する節目の日です。新型コロナウイルスの影響で、4月からの約2ヶ月、皆さんは各家庭で、友だちとも遊ぶことができず、自分で考えて学習に取り組まなければなりませんでした。本当によく頑張りました。6月から、密を避けるための分散登校が始まりました。なかなか学校へ通うリズムが作れなかった人も多かったと思います。615日から通常登校になりましたが、これまでとは違った新しい生活様式(3つの密(密接、密閉、密着)を避け、マスクをする、こまめな手洗い)の中での学校生活となりました。これまで当たり前のようにしてきたこと、遠足や修学旅行、自然学校、委員会活動、クラブ活動、友だちと肩を組んだり話をしたり、雑談をしながらの給食など、できなくなりました。これまで誰もが想像できなかった事態の中、みなさんは、本当によく頑張りました。

9月1日からは、2学期です。Withコロナでマスクの着用とこまめな手洗い、そして、3つの密を避け、学校生活を送っていかなければなりません。そして、新たなスタートを切るにあたって、しっかりと自分自身の目標を立ててください。

先生たちは、鴻池小学校のみなさんが「ひとみ輝き、笑顔あふれる学校」にしたいと考えています。そのために、3つのお願いがあります。

1つ目は、気持ちのよい挨拶をしましょう。多くのみなさんは、とっても気持ちのよい挨拶ができます。毎朝、門のところで校長先生が立っていると、校長先生よりも先に挨拶ができる人がいっぱいいます。そして、何よりも笑顔で挨拶のできることが素晴らしいです。挨拶に、大人も子どももありません。みんなが取り組まなければならないことです。挨拶は人と人とがつながるための基本です。はじめて出会った人に本題から入る人はいません。最初にすることは、挨拶です。

2つ目は、規則正しい生活をしましょう。コロナウイルス感染症の対応のためにこまめな手洗いはもちろんのことですが、「早寝・早起き・朝ご飯」の習慣をつけて、病気に負けない体を作ることは大切なことです。規則正しい生活は、熱中症にも負けない体を作ります。

3つ目は、失敗を恐れずいろいろなことにチャレンジしましょう。やらずに後悔するよりも、やって後悔をする方がいいと校長先生は思っています。アメリカの発明王エジソンは「失敗すればするほど、我々は成功に近づいている」と、エジソンは、生前、数えきれないくらい失敗の連続だったそうです。でも失敗にめげず、挑戦を繰り返したことで、成功を導くことができたそうです。「不可能は、いつかは誰かが可能にする。ならば、その誰かになれ」できないとあきらめることなく、最後までチャレンジできる子になってください。

それでは、明日からは2学期です。みんなで「笑顔があふれる学校」にしていきましょう。

 

令和2年8月27日(木) 「いきいきとした教室」

令和2827() 「いきいきとした教室」

阪神教育事務所からスーパーティーチャーの来校です。若い先生方は、経験豊富な熟練した指導方法を身につけたスーパーティーチャー(教員OB)に、授業を参観していただきました。以前は、学校のベテランと言われる先生の授業を見て、TTP(徹底的にパクる)したものです。また、ベテランの教師の引き出しの多さに驚かされ、まねをしようと努力もしました。近年、学校では、ベテランと呼ばれる先生も少なくなり、若い先生が増えてきたこと、仕事の多忙か、教える内容が増えたことなど、なかなか自分から学ぶ機会が減っているように思われます。そのような中ですが、先生方は、スーパーティーチャーに積極的に授業を参観してもらい、よりよい授業のあり方について指導を受ける機会があります。いわゆるOJTです。授業をする上での必要となる知識やノウハウを実践形式で教えを受けることができます。
  

教師は学校で育ちます。子どもたちの学びと教職員の学びが何よりも尊重される文化を持つ学校が育ちます。教師は教える専門家であると同時に学びの専門家でなければなりません。

大村はま(19062005)さんは、「日本の教師に伝えたいこと」(筑摩書房)の中で、若い教師の話として、「わたしは新卒で、まだ何もわかりませんが、子どもが大好きです。愛情があります。熱意もあります。この気持ちで先生の仕事をやっていきます」というようなことがあります。大村はまさんは、もう一人前の教師になったのですから、考えてほしいと思うことがあります。子どもが大好きも、愛情がありますも、熱意がありますも、これは教師特有のものではないということです。人間誰もが持っているもので、大人として、子どもがかわいいと思おうことはごく当たり前、どんな仕事をするにしても熱意は必要なことだと言っています。では、教師という仕事は何をすることなのか。教師は学力をつける人、学力を養う技術を持った人、いい人だけでは、職業として成り立ちません。学校は、学力を養う専門の場所であり、教師はそこを職場とする専門職であることを忘れないでほしいと。また、「指導する」ことについて、子どもから出てくることばかりに気を取られて、教えるべきことを教えず、指導が疎かになってきているとも言われています。学校は教えるところであり、教わり、学ぶところです。学校が教えるべきことを教えないで子どもはどこで学力をつけたらいいのでしょうか。

「いきいきとした教室」をつくりたいと思うのは、教師の願いです。「いきいきとした教室」とは、単なる明るい教室とか、元気のいい学級とは違います。「いきいきとした教室」とは、一人ひとりが確実な成長を感じる教室のことであり、教師自身も自分の成長に実感がなくては、いきいきとした指導ができません。昨日よりも今日、今日よりも、明日と。安易に流されず、なんとか済ますのではなく、人を育てる本当の仕事を見つめ、力を尽くしていかなければなりません。「いきいき」というのはそういうところから出てくるのでは。

 

令和2年8月25日(火)特別の教科 道徳授業

道徳授業

4年1組の担任による道徳科校内ICT公開授業を行いました。本授業の目的は、2点あります。まず一点目は、コロナウイルス感染症が拡大したときのために、スクールタクトを活用して、教員一人ひとりがオンラインによる学習が可能となることを目的としています。もう一点は、道徳の教科化に伴い、道徳の授業を公開することで、教員の専門性としての資質を高めることにあります。

今回の教材は「『正直』五十円分」(内容項目「A主として自分自身に関すること(2)正直誠実)です。教材のねらいは、お釣りを返そうと決めた兄弟の心の動きを共感的に理解することを通して、正直であることのよさに気づき、明るい心で伸び伸びと生活する動的態度を養うことにあります。

さて、授業に使われた教材「『正直』五十円分」についてですが、簡単にあらすじを紹介すると、たこ焼き屋のおっちゃんからお釣りを多く渡されたたけしが、悩んだあげく正直にお釣りを返しに行くというお話です。はじめに、子どもたちに『正直』という言葉から来るイメージから入っていきました。子どもたちは、「嘘をつかない」、「礼儀正しい」、「隠さない」、「誤魔化さない」といったイメージを持っています。そして、教師による範読を聞いて、たこ焼き屋のおっちゃんからお釣りを多く渡されてときに黙ってたこ焼きを食べているときの気持ちを、顔の絵で表現します。この課題はスクールタクトで送られてきます。
    

次に、正直に50円を返した後に、たこ焼き屋のおっちゃんからもらったたこ焼きを食べているときの気持ちを、顔の絵で表現します。これも同様にスクールタクトで課題が送付され、描いた絵をみんなで共有することができます。
      

最後に、どちらのたけしが、すてきかを考えます。全児童が、正直に50円分のたこ焼きを食べるたけしがすてきと答えます。ここで、本当に考えなければならないことは、誰にでも甘えてしまう弱い心と、それはいけないことだという強い心が存在します。正直に返したたけしの心の中の葛藤はどんなのだったか、その中からたけしの行動の素敵なところを考えることが大切だったのかなと感じました。
    

 

令和2年8月21日(金) 「特別の教科 道徳」

「特別の教科 道徳」

新しい学習指導要領が令和2年度から小学校では完全実施となりました。大きな変更点としては、外国語が小学校56年生から教科となり、道徳も教科され、プログラミング教育が導入されたことです。今回、道徳の教科化について触れると、学習指導要領の改訂以前は、地域によって、取り組みに差が生じているという実態や、いじめや青少年の自殺が大きな社会問題となっていていることなどが背景にあり教科化されました。小学校では平成30年度から道徳の授業は「特別の教科 道徳」という位置付けになり、教科書も作られました。

学習指導要領には、「道徳教育は、教育基本法及び学校教育法に定められた教育の根本精神に基づき、自己の生き方を考え、主体的な判断の下に行動し、自立した一人の人間として他者と共によりよく生きるための基盤となる道徳性を養うことを目標とする」と道徳教育の目標が示されています。そして、「よりよく生きるための基盤となる道徳性を養うため、道徳的諸価値についての理解を基に、自己を見つめ、物事を多面的・多角的に考え、自己の生き方についての考えを深める学習を通して、道徳的な判断力、心情、実践意欲と態度を育てる」と、次に道徳科の目標が示されています。次代を担う子どもたちの道徳性を養うことが求められています。

また、内容項目については、いじめの問題への対応の充実や発達の段階をより一層ふまえた体系的なものとする観点から、改善が図られています。小学校から中学校までの内容の体系性を高めるとともに、構成やねらいを分かりやすく示して指導の効果を上げるなどの観点から、それぞれの内容項目に手掛かりとなる「善悪の判断,自律,自由と責任」などの言葉を付記されています。

改善のポイントは、まず、「発達の段階に応じ、答えが一つではない道徳的な課題を一人ひとりの児童が自分自身の問題と捉え、向き合う『考える道徳』、『議論する道徳』への転換を図る」、と示されています。次に「指導する教師一人ひとりが、質の高い多様な指導方法へと指導の改善を行う」、と示されています。質の高い多様な指導方法の例として、「読み物教材の登場人物への自我関与が中心の学習」、「問題解決的な学習」、「道徳的行為に関する体験的な学習」が示されています。

道徳教育の目標は、「よりよく生きるための基盤となる道徳性を養うこと」にあり、自己を見つめ、物事を多面的・多角的に考え、自己の生き方についての考えを深める学習を通して、道徳的な判断力、心情、実践意欲と態度を育てることを教科の目標としています。
 このようなことを踏まえて、タブレットを活用した道徳科の授業(内容項目「A主として自分自身に関すること(2)正直誠実)を校内で公開授業を行うことになっています。

 

令和2年8月19日 学びの共同体

学びの共同体

夏休みが明けて、1学期の後半がスタートし、引き続き9月1日からは、2学期がスタートします。2学期が終了するまでの90日間という大変長いスパンとなります。熱中症対策をはじめ、コロナウイルス感染症への対応等を進めながらも、子どもたちの学びを保障し、教師の専門性を高めていく必要もあります。

学びの共同体の学校改革は、「21世紀型の学校」を実現する改革であると、学習院大学文学部教育学科特任教授である佐藤学先生が言われています。

「学びの共同体」は、学校改革のビジョンであり、哲学である。なぜ学校を改革するのか。学校が果たすべき中心的な責任は「特色ある学校」をつくることだろうか。学校改革の中心目的は、「学力向上」だろうか。「国際社会に打ち勝つ人材の育成」だろうか「優れた授業の創造」だろうか。そうではないだろう。学校の公共的な使命と責任は、一人残らず子どもの学ぶ権利を保障し、その学びの質を高めることにある。学びの共同体における学校のビジョンとは、子どもたちが学び合う学校であり、教師たちも教育の専門家として学び育ち合う学校であり、さらに保護者や市民も学校の改革に協力し参加して学び育ち合う学校のことである。

子どもの学ぶ権利を実現し、教師の専門家としての成長を保障し、保護者の信頼を形成する学びの共同体のビジョンを成立させるのは、対話的コミュニケーション、聴き合う関係の構築に他ならない。

学校に求められる役割の拡大に伴い、教員には、「主体的・対話的で深い学び」の実現に向けた授業の改善や新たな教育課題への対応、いじめ・不登校等への対応強化など教育環境の充実への対応が求められています。教員の専門性が求められる業務に一層注力できるよう、教員以外の職員が担うことができる業務やより効率化を図ることができる業務について、積極的に整理・工夫を推進する必要があります。

 

令和2年8月17日 75回目「終戦の日」

75回目「終戦の日」

815日、75回目の「終戦の日」を迎えた。1945815日正午、昭和天皇はラジオを通じ、日本の降伏を国民に伝えました。満州事変から日中戦争、太平洋戦争へと拡大した戦争は15年に及びました。政府によると、日本の戦没者は軍人・軍属230万人、民間人80万人。アジア・欧米諸国にも多くの犠牲をもたらしました。

戦後75年の節目の年です。「戦後75年」「終戦75年」という言葉を、新聞やテレビ等で見聞きすることが多くなってきました。戦争の悲劇を二度と繰り返さないために、私たちは、過去の歴史を振り返り、平和の大切さ、命の尊さについて伝えていかなければなりません。NHKが全国の18歳、19歳を対象に世論調査を行いました。その中で、「今、日本が平和だと思うか」聞いたところ、「思う」が74%、「思わない」が25%でした。「平和だと思う」と答えた人に、その理由を尋ねたところ、「戦争をしていないから」が50%、次いで、「治安が良いから」が41%などとなっていました。「平和だと思わない」と答えた人に、理由を尋ねたところ、「戦争やテロに巻き込まれる危険があるから」が58%、「貧富の格差が大きいから」が13%などとなっていました。また、「現在の世界の情勢から考えて、日本が戦争やテロに巻き込まれたり、他の国から侵略を受けたりする危険性がどの程度あると思うか」聞いたところ、「非常に危険がある」が29%、「ある程度危険がある」が62%、「あまり危険はない」が8%でした。一方、「戦争を実際に体験した人から直接、戦争に関する話を聞いたことがあるか」尋ねたところ、「聞いたことがある」が76%、「聞いたことはない」が24%でした。そして、「日本が終戦を迎えた日を知っているか」聞いたところ、「知っている」が86%、「知らない」が14%でした。さらに、「広島と長崎に原爆が投下されたことを知っているか」尋ねたところ、「知っている」が99%でした。「日本が核兵器を保有してもよいと思うか」尋ねたところ、「保有してもよい」が14%、「保有すべきではない」が86%という結果がでてきました。

平和な現代の日本に生きる私たちにとって、戦争ははるか昔の出来事となっています。終戦から75年。総務省の人口推計によると、「戦後生まれ」は2020年に総人口の86%を超えました。昭和から平成、令和と時代が移り、戦争を知る世代が減っていく中で、戦争を知らない私たちができることは、戦争の悲惨さを学び、考え、平和への願いを引き継いでいかなければならない。

 

令和2年8月11日(火) 甲子園高校野球交流試合開幕

甲子園高校野球交流試合開幕

10()2020年甲子園高校野球交流試合が開幕しました。新型コロナウイルス感染症の影響で、第92回選抜高校野球大会が中止となり、選抜出場予定の32校の高校球児は涙で頬を濡らしたことでしょう。それが、1試合限定とは言え、コロナ禍に見まわれた高校球児にとっては、甲子園という夢舞台に立つことができた。開会式で、交流試合の実行委員長の八田英二日本高野連会長が、「皆さんは、試合が終われば『ありがとう』という言葉を口にされるでしょう。『ありがとう』の反対語は『あたりまえです』、これまでまわりの方々の心配りや手助けは、あたりまえではなく奇跡というべきものです」と述べられた言葉が印象的でした。『ありがとう』という言葉は、『有難し』という言葉から由来して、「滅多にない」「珍しくて貴重」という意味があります。私たちは、毎日の出来事を『あたりまえ』と思っていることが多いです。「学校へ行くのがあたりまえ」「学校で友だちと話しをするのがあたりまえ」「食事ができるのもあたりまえ」「みんなと楽しく遊ぶのもあたりまえ」と、今、このコロナ禍ではじめて、あたりまえのことがあたりまえでなくなり、あたりまえにできることへの感謝の気持ちを持つことができました。最後に八田会長は、「感謝の気持ちをあたりまえではなかったという言葉に込めるのです」と話されました。常に感謝の気持ちを忘れず、感謝の気持ちを相手に伝えてこそ、初めて感謝になります。「ありがとう」を心から言える格好いい人になりましょう。

そして、選手宣誓では大分商の川瀬賢斗、花咲徳栄の井上朋也両主将が「新型コロナウイルスとの闘いや、度重なる豪雨災害からの復旧、復興など厳しく不安な状況の中で、独自大会や交流試合の開催に再び希望を見いだし、諦めずにここまで来ることができた。一人一人の努力がみなを救い、地域を救い、新しい日本をつくります。創造・挑戦・感動。明日への勇気と活力を与えられるように、最後まで戦い抜くことを誓います」と。一球をひたむきに追いかける全力プレーすることを誓っていました。これまでの辛く厳しい状況の中で、感謝の気持ちを忘れずに頑張ってきた思いが、見ている人に多くの感動を与え、甲子園に万雷の拍手が鳴り響いた。

 

令和2年8月7日(金) 立秋

令和287() 立秋

今日、87日は、立秋です。6年生の子ども対をはじめ、この1学期、まだ続きますが、よく辛抱をして頑張りました。ようやく6年生の子どもたちも明日からは夏休みです。短い夏休みとなりますが、小学校最後の夏休みでもあります。たくさんの思い出とは行かないかもしれませんが、思い出を作ってください。

さて、立秋は、二十四節気のひとつで、この日から立冬の前日までが秋となります。毎日暑い日が続きますが、お盆明けには秋の気配が少しずつ感じられるようになります。この日から、季節の挨拶も暑中見舞いから残暑見舞いに替わります。とはいえまだまだ暑い盛りです。

立秋の日からいきなり秋になるのではなくて、秋の気配が立ち始める日ということです。太陽の傾き方や空の雲など、注意深く観察していると、夏雲の上に刷毛でさっと掃いたような「すじ雲」や魚のうろこのように見える「うろこ雲」、鯖の背中の模様に似ている「さば雲」、鰯の群れのように見える「いわし雲」など、見ることができます。これらの雲は秋に美しい景色を見せる秋の雲の代表選手です。その他、秋の気配を感じさせるものといえば、

古今和歌集には、「秋来ぬと 目にはさやかに見えねども 風の音にぞおどろかれぬる」と、立秋の日に詠んだ和歌があります。「秋が来たと、はっきりとその姿は目に見えないけれど、風の音で秋の到来にはっと気がついた」という意味だそうです。秋が来たと、風の音で気がつけるほど繊細な感覚をもてるよう、今年は、いろいろな変化に対応できるよう、アンテナを高くしておきたいものです。

 

令和2年8月6日(木) 広島原爆投下から75年

広島原爆投下から75

86日、原爆投下から広島は、75年を迎えました。

今年度の6年生は広島への修学旅行は,コロナウイルス感染症の対応のために叶いませんでした。例年であれば、6年生が修学旅行で広島の平和記念公園・資料館を訪れます。そして、被爆された方の話を聞いたり、原爆ドーム・資料館を見学したりします。事前学習の中では、平和セレモニーを行う平和公園内にある「原爆の子の像」の話についても学習をします。「原爆の子の像」は、原爆の犠牲となった佐々木禎子さんが亡くなって3年後に広島平和公園に建立されました。禎子さんは2歳のときに自宅で被爆しました。爆風で飛ばされましたが、外傷もなく、その後元気に成長します。しかし、小学校6年生のときに病に伏し、白血病と診断され広島赤十字病院に入院しました。入院中、「生きたい」という願いをこめて折り鶴を折り続けましたが、19551025日に亡くなりました。

6年生の子どもたちは、平和の象徴としての鶴を全児童に呼びかけて鶴を折ることの協力を求めます。自分たちが鴻池小学校の代表として「広島」に行く意味を学びます。広島では、「原爆の子の像」の前で6年生が中心となって全校生に呼びかけた千羽鶴を捧げ、一人ひとりが戦争のない平和な世の中を築いていくことを誓います。修学旅行へ行くことは叶わなかったですが、私たちには、二度と同じ過ちを犯さないためにも、原爆の怖さ、戦争の恐ろしさ、平和の大切さについて後世に伝えていく責務があります。そして、是非、修学旅行ではいけなかった広島へ行って、自分たちが学習してきたことを確認してほしいと願います。

「原爆の子の像」の前に設置された石碑には、

  これはぼくらの叫びです

これはわたしたちの祈りです

世界に平和をきずくための

 

と刻まれています。

 

令和2年8月4日(火) 校内研究会のすすめ

校内研究会のすすめ

『自ら考え、表現する子の育成-課題設定、話し合い活動、振り返りの充実-』を研究主題に、子どもたちが能動的(アクティブ)に学習できるよう研究を推進しています。

ご承知のとおり、『主体的・対話的で深い学び』の実現に向けた授業改善が今、求められています。子どもたちが能動的(アクティブ)に学び続ける「アクティブ・ラーニング」の視点から、「何を学ぶか」だけでなく、「どのように学ぶか」を重視して、学校の授業を改善しています。子どもたちが学んだ一つ一つの知識がつながり、「わかった」「おもしろい」と思える授業、周りの人たちと共に考え、新しい発見や豊かな発想が生まれる授業などを工夫して、子どもたちの資質・能力を育んでいかなければなりません。

本校では、桃山学院教育大学教授 今宮信吾先生の指導の下、研究を進めているところです。夏の研修では、「話す・聞く・話し合う」の系統性について、目の前にいる子どもの姿を思い浮かべながら協議しました。協議の中では、例えば「話す」ことについて、低学年では「大事なことが何かを考えて話せるようにさせたい」、中学年では「『~だからです。』とか、『~賛成(反対)です。』と理由をつけて話させたい」、高学年では「『~という事実があります。だからそれに対して~と考えます。』と、事実と感想、意見とを区別して話せるようにしたい」というような、今の子どもの姿から、育てたい子どもの育ちを考えた意見が交わされました。子どもたちの学びを豊かなものとするために、育てたい子ども像を明確にしながら、教員一人ひとりが自分の考えを出し合い、切磋琢磨しています。教員一人ひとりの力を高めるだけではなく、教員間のつながりを生み、学校の組織力を高めることにつながっています。

指導をいただいている今宮先生からは、「評価における3観点の『思考、判断、表現』の評価については、テストの点数だけで評価をするのは難しい。子どもの学力を「見える」ようにし、例えば、レポートや新聞といった完成作品やプレゼンテーションなどを「ルーブリック(評価指標)」という評価基準を使って評価することが大切になる」と指導をいただきました。また、系統性についても、子どもの姿を思い浮かべながら先生たちが考えることで、鴻池小学校オリジナルの「話す・聞く・話し合う」の系統表となり、実態に即したものとなっている。最後には、コロナ禍を踏まえた、今後の研究の方向性についても示唆いただきました。

子どもたちの持つ探求に対する内なる欲求を実現し、学びの充実を図るためには、授業改善の他ありません。そのことは、子どもたちの『確かな学力』を保障し、結果として『学力向上』につながっていくものだと考えます。

 

令和2年8月3日(月) 照ノ富士 復活優勝!

令和2年8月3日() 照ノ富士 復活優勝!

大相撲、7月場所「千秋楽」で元大関照ノ富士が復活優勝を遂げた。

2015年の夏場所以来30場所ぶりに2度目の優勝を決めました。両膝の怪我などで序2段まで番付を落としながらも、今回、優勝を決めました。優勝直後のインタビューで「続けてきてよかったなと思う。いろいろあったけど、こうして笑える日が来ると思ってやってきた。一生懸命やればいいことがあると思っています」と、涙をこらえて語っていました。照ノ富士は、両膝の怪我に追い打ちをかけるように糖尿病も患い、師匠の伊勢ヶ浜親方に何度も引退を考えていることを伝えたが、師匠から「まずは体を治してから」と引き留められたという。どん底からの這い上がっての優勝に「今は慎重に一つのことに集中してやってきた」と5年前のイケイケの時に優勝した(照ノ富士の言葉)の時とは違う喜びを味わった。    

表彰式で引退を慰留してくれた師匠から優勝旗を手渡された。「コロナで大変な状況が続く中で、どんな相撲を取りたいと考えていたか?」の質問に、「こういう時期なので、みんなに勇気と我慢を伝えたかった」と逆境を乗り越え優勝した照ノ富士が語った。

「ピンチを乗り越えられる力を持っている者にしか、試練は与えられない」、今場所の照ノ富士の相撲への取り組みを通して、何事にも逃げずに戦い続けることで乗り越えることができることや、試練を乗り越えたとき、多くの絆を手に入れ、その絆はよりいっそう確固たるものになることも教えてくれました。

  大相撲史に残る復活劇を成し遂げた照ノ富士、優勝おめでとうございます。
 

令和2年7月31日(金) 夏休み

  夏休み

文部科学省の調査によると、新型コロナウイルス対策の休校長期化の影響で、授業時間を確保するために夏休みなどを短縮すると回答した自治体が全体の95%ありました。兵庫県教育委員会によると、県内の小学校でも、授業時間を確保するため夏休みが短縮されています。神戸市の小学校で、7月23日から8月17日までの26日間となっています。このほか明石市や川西市、それに養父市など20の市や町では、8月8日から16日までの9日間となっています。多くの小学校が夏休み期間を16日間としています。

夏休みと言えば、お祭り、花火大会、キャンプや旅行、プールといった子どもたちがわくわくする夏休み。今年の夏休みはそういかないようで、少し寂しそうです。
 

     【5年生が育てている稲】

私自身の夏休みを振り返ると、待ちに待った夏休み、子どもながらに夏休みになると、ワクワクしたものです。8月も半ばを過ぎると、「あーもう終わりか」と悲しい気持ちにもなりました。それでも、夏休みになると、母の実家のあった静岡へ、海がとっても近くにあって一人でよく泳ぎに行って(本当は一人で行ってはいけないのですが)、お昼を食べるのも忘れて一日海辺で過ごしていました。5年生か6年生の夏休みの自由研究では、近くの駄菓子屋さんで、マブチモーターとタイヤを買って、家にあった木枠に取りつけて、ボディには、厚紙に絵を描いたものを貼りつけてプロペラで動く車を作りました。ちょっと兄に?ほとんどだったかな?手伝ってもらって、学校に持って行ったときには、ちょっと自慢の作品でした。いくつになっても小さかった頃のたくさんの夏休みの思い出はよみがえります。

保護者の皆さん、明日から始まる夏休み(1年生~5年生)、どうぞ子どもたちと2020年、コロナ禍の夏休みではありますが、楽しかったことも苦しかったことも、きっと子どもたちにとっては、大切な思い出の1ページです。このようなときだからこそ、前向きにポジティブにいきましょう。

 

令和2年7月30日(木) ステップ

 直木賞作家の重松清さんの作品『ステップ』が7月17日から映画で公開されています。重松清さんは、1999年に『ナイフ』で坪田譲治文学賞を、『エイジ』で山本周五郎賞を、2001年『ビタミンF』で直木三十五賞を、2010年『十字架』で吉川英治文学賞を受賞された作家です。テレビドラマ化された『流星ワゴン』や『とんび』では、家族にまつわる身近なことを、同様に映画化された『ステップ』でも残された家族のことを、そして、支える人の姿を鋭い視点で繊細に描かれています。私のお薦めの一冊は、さまざまな先生の姿と子どもたちの姿を表現した『せんせい』です。

『せんせい』には、『にんじん』、『泣くな赤鬼』他計6つの短編が載っています。この中で一番心に残ったのは『ドロップスは神さまの涙』です。小学校5年生の女の子が、同級生からいじめにあい、保健室登校が始まります。保健室には、1年生の男の子と怖くて嫌な保健のおばさん先生、その先生がぶっきらぼうにドロップスを手のひらにのせてくれる。自分がいじめにあっていることを認めたくない私と怖いと思っていた保健のおばさん先生が、本当は一番子どもの状況をわかってくれていた。本当の優しさって何だろうと考えさせる作品です。重松清さんは、あとがきで、「僕は教師という職業が大好きで、現実に教壇に立っていらっしゃる全ての皆さんに、ありったけの敬意と共感を示したいと、いつも思っている。けれど、僕は同時に、教師とうまくやっていけない生徒のことも大好きでもしも彼らが落ち込んでいるのなら『先生なんて放っときゃいいんだよ』と肩を叩いてやりたい」と書かれています。

先生の何気ない言葉が子どもの心を動かし、子どもの何気ない行動が先生の行動に変化を与えます。そして、最後に「僕たちは誰もが、一番身近な大人を「せんせい」と呼ぶ日々を過ごしてきた。僕はそれを、とても幸せなことだと思っている。イヤな先生もたくさんいたけどさ。あなたは、どうだろう」と、結んでいます。私自身を振り返ると、節目節目に多くの先生と出会い、自分の人生の方向付けをしてくれた、だから今があると思っています。そんな先生に憧れて!

 

令和2年7月29日(水) 朝顔

 朝顔

 1年生の子どもたちが大切に育てている朝顔。「ほら見て、朝顔が咲いたよ」とうれしそうに話してくれます。今にも花が開きそうなつぼみがいっぱいです。子どもたちは、毎日欠かさず水をあげています。これからたくさんの花が咲くのが楽しみです。
 

 さて、この朝顔、多くの方が小学校の1年生の時に、育てた経験があるのではないでしょうか。私ももちろん、経験しました。種を植えて、双葉が出てきたときの感動を今でも覚えています。そして、大きな本葉が顔を出し、さらにつるをのばしはじめます。どんな色の花が咲いたかは覚えていませんが、きれいな花が咲いたのを家に持って帰って大事に育てていました。夏休みの宿題には、葉っぱが何枚で花がいくつ咲いたと絵日記に記していました。今の1年生の子どもたちも、自分で育てたものが大きく生長していくその感動を誰かに伝えたくて、「見て、見て」と目を輝かせています。感動体験は、その後の人格形成に大きな影響を与えるといわれています。文科省でも、体験活動の意義について、「対象となる実物に実際に関わっていく「直接体験」のほか、インターネットやテレビ等を介して感覚的に学びとる「間接体験」、シミュレーションや模型等を通じて模擬的に学ぶ「擬似体験」があると考えられる。しかし、「間接体験」や「擬似体験」の機会が圧倒的に多くなった今、子どもたちの成長にとって負の影響を及ぼしていることが懸念されている。今後の教育において重視されなければならないのは、ヒト・モノや実社会に実際に触れ、かかわり合う「直接体験」である」としています。

 この夏、多くの感動体験を子どもたちが経験できるといいと思います。自然体験、芸術鑑賞などの文化的体験、物づくり体験など、さまざまです。是非子どもたちが目を輝かせて取り組む体験を、それが感動体験です。

 

令和2年7月27日(月) TOKYO2020 「プラス1」で…

TOKYO2020 「プラス1」で… 

新型コロナウイルスの影響で来年夏に延期された東京オリンピック。開幕1年前の23日に競泳選手の池江璃花子さんが国立競技場でアスリートの代表としてメッセージを発信しました。「世の中がこんな大変な時期にスポーツの話をすること自体、否定的な声があることもよく分かります。ただ、一方で思うのは、逆境からはい上がっていく時には、どうしても、希望の力が必要だということです。希望が、遠くに輝いているからこそ、どんなにつらくても、前を向いて頑張れる」、1年後の今日、この場所で希望の炎が輝いていてほしいとメッセージを送りました。

池江さんは、東京オリンピックを前にして白血病と診断され、オリンピックへの夢が立たれ、10か月に及ぶ闘病生活からこの3月に復活し、「どん底まで行った人間が、ここまで上がってきたという成長を、ちょっとずつでもいいから見せたい」と4年後のパリ五輪出場を目指しています。池江さんの困難と向き合う姿、逆境を乗り越える姿は、勇気を与え、希望を与える一言になりました。

この困難や逆境にうまく適応できる能力を「レジリエンス」といいます。「ピンチはチャンス」もレジリエンスの考え方の一つです。困難な状況を迎えた時、そこから何に気づき、何を学んで、何を得ることができるかを前向きに考えられるようになると、レジリエンスは高まります。人はいろいろなことに躓いたり、転んだりします。でも、転んでいつまでも転んだままの人などいないと、自分で立ち上がって前を向いていきたいものです。コロナ禍、「プラス1」未来志向でいきましょう!

 

令和2年7月22日(水) 小さな生き物の世界

5年生は理科の学習で、メダカの飼育を通して卵の発生や稚魚の成長について調べています。また、食べものとのつながりの中で、魚が食べている水の中の小さな生き物にも注目して、顕微鏡で観察する活動をしています。顕微鏡を使って、ミジンコの様子やメダカのたまごの様子を観察していましたが、なかなかピントが合いません。観察したいものはステージの上にあるのに、のぞき込んでも何も見えないと少しイライラ。「あっ、見えた!」とうれしそうに声を上げる子、そのうち、にわか博士も出てきてピントを合わせられない子の顕微鏡のピントを合わせて、少し自慢げに。「心臓がばくばく動いている」「たまごがくるくる動いている」など、小さな命に感動する瞬間でした。微生物学の父と呼ばれるレーウェンフック(1632年~1723年)も自分で作った顕微鏡で小さな生き物の世界を好奇心旺盛にのぞき込んだのでしょう。
 

私は小学校のとき、理科の授業が大好きでした。担任の先生が理科の時間になると特別な服(白衣)を着て、これから実験を行いますよという雰囲気で、子どもながらに、今日はどんな実験をするのかなとわくわくしたのを覚えています。子どもたちは観察や実験が大好きです。理科の醍醐味は、観察や実験にあるといっても過言ではありません。しかし、単に観察や実験を行っただけでは理科の学びにはつながりません。授業づくりにおいて、観察や実験に目的意識をもって取り組む学習活動でなければなりません。

 教科書の写真や絵では決して味わうことのできない感動を、子どもたちは顕微鏡観察を通して味わうことができます。
 

令和2年7月21日(火) ひまわり

学級園で育てているひまわりが初夏の日差しを受けてぐんぐん育っています。今年のひまわりは特に大きく、子どもたちの身長も抜いて、2階にとどきそうなほど大きく育っています。
 
 『ひまわり』と言えば『ゴッホ』。ゴッホの制作した「花瓶に挿された向日葵をモチーフとした油彩の絵画」は、ゴッホ芸術の最良期であるアルル時代の作品です。ゴッホにとっての向日葵は明るい南フランスの太陽、ひいてはユートピアの象徴であったと言われています。(ウィキペディアから)

また、ひまわりは、人権の花とも言われ、児童が相互に協力しながら花を育てることで、協力することの大切さを生きた教育として学び、やさしさや相手に対する思いやりの心をはぐくみ、生命の尊さを実感する中で、人権尊重思想をはぐくみ情操をより豊かなものとすることを目的として「人権の花運動」が取り組まれています。ひまわりの花言葉は「あなたはすばらしい」です。子どもたち一人ひとり大きな可能性を持っています。そして、素晴らしい存在です。一日も早くコロナウイルス感染症が終息して、子どもたちがひまわりのように大きく育ってほしいと願います。

 

令和2年7月20日(月) しゃぼん玉

17()、1年生の子どもたちが生活科の時間にストローや紙コップなどを使い、しゃぼん玉を作って遊んでいました。どうすれば大きなしゃぼん玉やたくさんの数のしゃぼん玉を飛ばすことができるか、ストローの吹き方を工夫したり、ストローをつなげて長くしたり、いくつものストローをいっぺんに口にくわえたり、ストローの先を折り曲げたりとしていました。一人で考えている子、友だちの様子を観察している子、友だちと一緒に考えている子とさまざまです。子どもの発想ってすごいなと感じました。太いストローや細いストロー、ゆっくり吹いたり、はやく吹いたりすることでしゃぼん玉の大きさや出方に違いのあることを子どもたちは体験を通した学んでいました。
   

イギリスに「学問なき経験は、経験なき学問に勝る」という諺があるように、経験は何ものにも勝る知識です。机上の学習だけでは、知識は定着しません。でも、自分で「あーでもない」「こーでもない」と経験しながら学んだ事というのは決して忘れません。松下幸之助氏の「百聞百見は一験にしかず」という名言があります。例えば塩を見れば、「塩というものは白いもので、こんな感じのもの」というのはわかります。しかし、塩の辛さといったものは、いくら頭で考えたり、目で見たりしてもわかるものではありません。実際に自ら味わってはじめて塩というものがわかります。世の中には、自ら経験、体験することでわかるものというものが少なくありません。この体験こそが子どもたちの成長には大切なものなんだなと感じました。

 

令和2年7月16日(木) ゆでガエル理論

「ゆでガエル理論」とは、ゆっくり変化する環境の中では、その変化に気づくことなく、気がついた時には手遅れになってしまっているという理論です。危機や環境変化に対応することの大切さやその難しさを戒めるたとえ話で、「ゆでガエル症候群」、「ゆでガエル現象」などとも呼ばれています。

カエルを熱いお湯に入れると驚いて飛び上がりますが、常温の水に入れて徐々に熱すると、その温度変化に気づかず茹で上がって死んでしまうという話です。現実にはあり得ない話ですが、企業経営やビジネスシーンなどでは、一つの教訓として定着しています。日本では1998年に出版された「組織論」(桑田耕太郎・田尾雅夫著、有斐閣アルマ刊)の中で、「ベイトソンのゆでガエル寓話」として紹介されています。

人も動物も基本的に変化を嫌います。特に集団になった途端、より強く変化を拒絶するようになるようです。逆から考えると「みんなと一緒だから安心」ということになるのでしょうか。行動経済学ではこの心理作用を「現状維持バイアス」と定義しています。「現状維持バイアス」とは、大きな状況変化ではない限り、現状維持を望むバイアス。未知なもの、未体験のものを受け入れず、現状を現状のままに維持しようとする考えや行動のことです。

今、学校も大きく変わるときに来ています。近年、急激に進む情報化や、グローバル化、AI(人工知能)の飛躍的な進化など、10年前では考えられなかったような激しい変化が起きており今後も社会の変化はさらに進むといわれています。

ニューヨーク市立大学大学院センター教授キャシー・デビッドソン氏によると、子どもたちの65%は将来、今は存在していない職業に就くとの予測がされています。さらに、オックスフォード大学准教授マイケル・オズボーン氏によると、今後10年~20年程度で半数近くの仕事が自動化される可能性が高いとも言われています。

このように社会の変化が激しく、未来の予測が困難な時代の中で、子どもたちが自ら未来を切り開き、生きていくために「主体的・対話的で深い学び」の視点からの授業改善が求められています。教師による一斉授業、暗記中心、知識重視の授業といったこれまでと同じ授業だけをしていたのでは、社会の変化に対応できません。これからの求められる授業とは、自ら問題を見つけて解決する能動的な学習を目指さなければなりません。そこで問題解決のためのアプローチ方法(グループワーク、ディスカッション、ICTの活用など)を身につけることが求められています。変化していく複雑な現代社会に生き抜くための『生きる力』(21世紀型能力)となります。現状に甘んじている場合ではありません。時代は刻々と変化しています。

 

令和2年7月15日(水) 授業研究のすすめ

学校では、先生が指導案を作成し授業を公開します。授業を公開することで、自らの気づきによって授業の改善、指導力の向上を図ることができます。また、授業研究は、学習指導に対する意見等を参観者から得られるなど、授業づくりに関する課題等を明らかにし、その後の指導改善に役立てることができる貴重な機会です。

今回の学習指導要領の改訂では、『主体的・対話的で深い学び』の実現に向けた授業改善が求められています。子どもたちが能動的(アクティブ)に学び続ける「アクティブ・ラーニング」の視点から、「何を学ぶか」だけでなく、「どのように学ぶか」を重視して、学校の授業を改善しています。子どもたちが学んだ一つ一つの知識がつながり、「わかった」「おもしろい」と思える授業、周りの人たちと共に考え、新しい発見や豊かな発想が生まれる授業などを工夫して、子どもたちの資質・能力を育んでいきます。

本校では、『自ら考え、表現するこの育成』を研究主題に、各教科等の教育内容を相互の関係で捉え、学校教育目標を踏まえた教科横断的な視点で、その目標の達成に必要な教育の内容を組織的に配列していく教科横断的な単元づくりに取り組んでいます。今年度の共通実践項目としては、『課題設定、話し合い活動、振り返りの充実』として、組織で子どもたちのために何ができるか、何をすれば子どもたちの学力の向上につながるかを意識して取り組んでいます。そのために、子どもたちの活動を重視し、一時間ごとに学習のねらいを明示し、子どもたちが見通しをもって課題発見・解決に取り組むよう仕組んでいます。そして最後に、学習に対する振り返りを行い、次時の学習につなげていきます。この一連の学習スタイルを一人一人の教師が身につけることで、子どもたちの学力を高める授業づくりが進みます。もっと言えば、授業を構成する教師の授業力が高まります。

 

令和2年7月14日(火) 教育への信頼

 今日の神戸新聞の記事に市教委(伊丹市ではありません)の体罰に関する調査結果が報じられていました。過去6年間に55件の体罰が確認され、児童や生徒62人が被害にあったと報じていました。

決して対岸の火事ではありません。伊丹市でも昨年度から体罰調査が単独で始まりました。このような事案が発生するたびに、大変な危機に直面することになります。本当の危機とは何でしょうか。現に発生している『体罰』事案にそのものにあるのではなく、それから生じる学校や教職員への『不信感』にあると言えます。危機に対して的確に対処するためには、何が危機なのかという本質を見極めることが大切です。

まず、体罰については、学校教育法第11条において「校長及び教員は、教育上必要があると認めるときは、文部科学大臣の定めるところにより、児童、生徒及び学生に懲戒を加えることができる。ただし、体罰は加えることができない」と規定しています。なぜ、体罰が起こるのでしょう。よく言われるのが「指導力の未熟さ」ということです。体罰は児童生徒の人権を侵害する行為であり、「体罰は絶対に許されない」との認識のもと、体罰の禁止を徹底しなければなりません。また、体罰を起こさないようにするためには、体罰を起こす指導者の特徴、起きやすい場面、時期、そしてその体罰の特徴を明らかにすることです。

さて、『体罰』事案にそのものに危機があるのではなく、そこから生じる学校や教職員への『不信感』にこそ、危機があると言えます。

教育事務所時代に、上司からよく『信頼』について話を聞かされました。信頼とは、2つの部分から成り立っています。一つは『能力に対する信頼』、そしてもう一つは『意図に対する信頼』です。教育の場合、『能力に対する信頼』とは、学校や先生は、子どものためにしっかり成長させてくれる『技量』と『能力』を持っているという信頼です。『意図に対する信頼』とは、学校や先生は、子どものためにならないことは決してしないという『意図』に対する信頼です。大切な子どもたちを預かる学校においては、一つの体罰という事案が学校・教育委員会という『組織に対する不信』につながります。『危機』に対する本質を見極め、正しい対処を明らかにすることが大切です。

 

令和2年7月10日(金) わたしのせいじゃない

学校では、今月(7)、「いじめについてのアンケート」を実施します。例年は、6月に行っているものですが、コロナウイルス感染症の影響で今月になりました。

『いじめ』がいけないことは誰でも知っていることですが、今でも悲しいことにいじめが原因で自殺をするといったことが後を絶たない状況にあります。『いじめ』は、人として決して許されない行為です。しかしながら、どの子どもにも、どの学校にも起こり得る可能性があります。

「わたしのせいじゃない」(岩崎書店)という小さな子どもでも読める簡単で短い絵本があります。この絵本は、レイフ・クリスチャンソンというスウェーデンの作家が書いた物です。何度か、これまでに学校朝礼で読み聞かせをしたことがあります。簡単に内容について触れると、一人の子どもが泣いています。14人の子どもたちが、次々に自分がいじめたのではないと、いじめていることを否定したり、自分の行為を正当化したり、いじめに加わっていないことを強調したりと、最後には、「わたしのせいじゃない」と、みんな言います。いじめの状況とともに責任のなすりあいが描かれ、本当にそれで良いの?責任について考えさせられる内容です。

文科省では、いじめについて次のように定義しています。『いじめ』とは、「当該児童生徒が、一定の人間関係のある者から、心理的、物理的な攻撃を受けたことにより、精神的な苦痛を感じているもの。なお、起こった場所は学校の内外を問わない。」としています。また、森田洋司氏による「いじめの4層構造(1986年)」では、被害者をいじめる加害者、観衆(はやしたてたり、おもしろがったりして見ている)、傍観者(見て見ない振りをする)が同心円状に取り囲みそれぞれがいじめに関与しているということです。いじめの持続や拡大には、いじめる子といじめられる子以外の「観衆」や「傍観者」の立場にいる側が大きく影響しています。「観衆」はいじめを積極的に是認し、「傍観者」はいじめを暗黙的に支持し、いじめを促進する役割を担っていることになります。

いじめを防止するには、「いじめは人間として絶対に許されない」という意識を一人一人の子どもたちに徹底し、全ての教師が自らの問題として切実に受け止め、徹底して取り組むべき重要な課題です。いじめをはやし立てたり、傍観したりする行為もいじめる行為と同様に許されないという認識、また、いじめを大人に伝えることは正しい行為であるという認識を、子どもたちに持たせるため、日頃から繰り返し指導することが重要となります。さらに、子どもから情報を得る手段をもっておくことも大切です。子どものことをわかっているつもりではダメなのです。真摯に子どもに寄り添って、そこから色々なことを知る術を持たなければなりません。

 

 

7月8日(水) 教育におけるICTの活用

新型コロナウイルス感染症による休校の長期化で学習に遅れが生じたことを踏まえて、国では、デジタル教科書や教材を使って、効果的な遠隔・オンライン教育を早期に実現することをめざしています。また、感染拡大を防ぎつつ学びを保障するために少人数でのきめ細かな教育体制の整備を検討しているとのことです。現在、義務教育標準法では、小学校の1学級あたりの児童数は、1年生が35人以下、2年生以上で40人以下と規定しています。兵庫県では、新学習システムを導入して独自に1年生から4年生までを35人学級、5年生以上を40人学級としています。全学年で35人学級が実現すれば、感染症拡大防止にもつながると共に、一人一人に丁寧な学習指導を可能とします。

さて、最初に書いた「遠隔・オンライン教育」の実現に向けて、文部科学省では4月16日に長期臨時休校した1213自治体、約2万5000校の公立小学校、中学校、高等学校及び特別支援学校などで調査を行いました。その結果、全ての自治体が教科書や紙の教材を活用している一方で、同時双方向のオンライン授業を実施していたのは5%だったそうです。教育のICT化は、喫緊に迫った新型コロナウイルス感染症の第2波への対策として、また、Society 5.0時代を生きる子どもたちの教育におけるICTを基盤とした先端技術の活用は必須です。そのためには、先生たちがICT活用スキルを高める必要があります。兵庫県では、学校現場のICT化を進めるために希望する教員約50人を対象に県立高校、市町立の小中学校でオンライン授業を進める「HYOGO(ひょうご)スクールエバンジェリスト」として任命し、約1年半の研修を受け、近隣校にノウハウを広げていくこととなっています。

教育でICTを活用するということは、映像やアニメーション、音声など、子どもたちが興味を持って取り組むことができ、授業が飛躍的わかりやすくなり、子どもたちの学力の向上にもつながります。また、これまでの教育では、大量の知識を覚えることに重点が置かれていましたが、知識や情報は、インターネットを利用すればいくらでも収集することができます。今、子どもたちに必要な能力は、膨大な知識や情報の中から必要なものを主体的に選び取り、活用できる「情報活用能力」だといわれています。

予測困難なこれからの社会を生き抜く、全ての子どもたちのために必要な資質・能力を確実に育成していきたいと考えます。

 

7月7日(火)今日は七夕

今日は七夕です。学校だより11号にも書きましたが、コロナウイルス感染症の終息を願い、「世界中でコロナが治まって、みんなで一緒に笑顔で遊べますように」と、多くの高学年の子どもが短冊にしたためていました。新型コロナウイルス感染症拡大防止のため、さまざまな学校行事が中止になったり制限されたりする中で多くのストレスを感じていることが伝わりました。
    

今日、雨が降る中、登校してくる子どもが「校長先生、今日は雨が降って・・・」と、とても残念そうな顔をしていました。天の川で彦星と織姫が会えることを楽しみにしていたのでしょう。
  

でも、七夕の日の雨については、「雨は一年ぶりの再会を喜ぶ、うれし涙」という説もあるようです。一年に一度しか会えないのだから、雨が降ったら延期というのは悲しすぎます。今日は、雨が降って見えないけれど、見えない星に子どもたちの大切な願い事がきっと届くはずです。

 

7月6日(月) 手書きノートとタブレット

新型コロナウイルスの2波・3波に備えて、伊丹市でも児童一人一人にタブレットが配備されることとなりました。文部科学省では、新型コロナウイルス感染症対策による臨時休業等を踏まえ家庭における ICT 環境整備の状況に配慮しつつ、あらゆる機会に ICTを最大限に活用することが子どもたちの学びの機会の保障に効果的であるとして ICTの積極的な活用を求めています。

これからの時代はタブレットも、鉛筆やノートと同様に重要な学習ツールになろうとしています。タブレットによる学習が当たり前になると、ノートへの手書き学習は必要なくなるのでしょうか?
  
                  【手書きノート学習】

 

          【タブレットを使った学習】

2016年、プリンストン大学とカリフォルニア大学ロサンゼルス校の研究チームによって手書き学習の効果について検証されています。大学生を対象に、普段の講義を手書きでメモをとる学生とノートパソコンでメモをとる学生を比較したところ、手書きでメモをとる学生のほうがよい成績をあげ、より長い時間にわたって記憶が定着し、新しいアイデアを思いつきやすい傾向にあることがわかったそうです。では、やっぱり手書き学習なのでしょうか。実際にタブレットを使って学習をしている子どもの様子を見ていると、子どもが興味を持って意欲的に学習しています。タブレット学習では、動画があったり、ゲームがあったりと、子どものやる気につながるような工夫がなされています。また、算数の式の意味や漢字の成り立ち、理科や社会の資料など、視覚的に勉強できるため記憶にも残りやすくなります。また、学校が休業になったときのも、遠隔による授業を可能にすることもできます。

どちらの学習にも一長一短があります。手書き学習では、ノートの書くという行為に時間や手間がかかるために子どもたちが自発的に学習しづらいということがあります。タブレット学習でも、突然のバッテリー切れや、圏外、フリーズのいったことがおこり使用できなくなることもあります。

このように、手書きノート学習もタブレット学習も、どちらの学習方法にもメリットとデメリットがあります。大切なのは、それぞれのデメリットを補いメリットを活かしながら、柔軟に学習方法を取り入れることではないでしょうか。

なお、手書きノート学習といっても、黒板のことをノートに写す段階から、自分の考えをノートに書く段階など、さまざまな段階があります。

 

7月3日(金) 学校と家庭の連携

1時間目の終了した頃、2階をまわっていると、2年生の子どもたちがトイレの手洗い場に、先生からいわれているのでしょう。手洗いの徹底を。でも、手洗いもいいけど、次々後ろに列がのびていきます。「密になっているよ」と声をかけると、手を広げて間隔をとっていました。とっても素直な子どもたちです。

 子どもたちに囲まれながら、教室の方へ向かう途中、「今日、私の誕生日」とうれしそうに話しかけてくる子ども、「今日、お寿司食べに行くの」と、今から家に帰ってからのことを考えて笑みがこぼれていました。その笑顔を大事にしてね。

 さて、今日は個人懇談会も最終日です。個人懇談では、時間を割いて来てくださる保護者の方のために短い時間ではありますが、保護者の思いを聞き、子どもたちの学校での様子(良いところや課題)をたくさん話してほしいと伝えています。

子どもたちのために、学校と家庭(保護者)との連携は、とっても大事なことです。まずは、先生と保護者とのコミュニケーションからだと思っています。自分(先生)にとって些細なことと思うことでも保護者の立場になればどう思うかを考えながら、怪我をしたときの対応や子どもが頑張ったときの様子、ちょっとしたことを電話や連絡帳、あるいは学級通信に書くことによって、教師の思いは伝わります。そして、そこに信頼関係が生まれてくるものと思っています。

 良いところはどんどん褒めて、もう少しのことは頑張れと励まし、課題があれば一緒になって考え、共に子どものために取り組んでいきたいと思っています。