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(平成26年9月16日から)

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パブリックスペース

土曜学習(わくわくサタデー)星空観察会11/28 17:46
2年生算数「かさ」の学習11/27 16:04
3年生 カシャ先生と外国語活動11/27 13:00
中学年授業参観11/26 14:49
1年生体育 サーキット運動11/26 09:48
朝の水やりご苦労様!11/26 08:41
高学年授業参観11/25 16:06
1年生身体測定 大きくなったかな~?11/25 11:46
ミカンの実がなったよ!11/25 11:26
今年度初めての授業参観(低学年)11/24 17:38
体育日和!11/24 17:02
寒さに負けず頑張ろう!11/24 16:48
学校だより No.33 を追加11/24 07:29
1年生音楽 前で発表したいー!!11/20 16:26
5年米作り もうちょっとで・・・11/20 16:17
雨ですが・・・3年生社会見学に出発!!11/20 10:39
金曜日の朝 雨・・・11/20 10:27
ポカポカ陽気の業間休み11/19 11:34
4年生社会見学 元気に出発!11/19 08:17
1年生 市バス出前授業11/18 15:19
今日の授業風景11/17 10:02
学校だより No.32 を追加11/17 08:58
6年生 社会見学へ出発!11/17 08:14
6年生家庭科 洗濯体験11/16 14:20
5年生 今年度初の調理実習!!11/16 12:18
今日の授業風景11/13 09:49
今日の授業風景11/12 10:14
今日の授業風景11/11 12:01
4年生 ミニ運動会11/10 10:31
4年生 ミニ運動会について11/10 07:23
学校だより No.31 を追加11/10 07:18
外で元気に遊ぶよ、業間休み!!11/09 11:49
土曜スクール(わくわくサタデー)11/07 11:54
本日の土曜スクールについて11/07 10:02
5年生 ミニ運動会11/06 11:46
5年生 ミニ運動会について11/06 07:37
3年生 ミニ運動会11/05 10:53
3年生 ミニ運動会について11/05 07:23
学校だより No.30 を追加11/05 07:15
頑張ったよ!1年生ミニ運動会11/04 17:09
1年生 ミニ運動会について11/04 07:32
6年生 平和の灯火の集い11/02 18:34
4年生 道徳の授業11/02 13:08
3年生 ミニ運動会の延期について11/02 07:37
業間休み・・・少し寒い!10/30 12:00
1年生 ミニ運動会に向けて10/30 11:14
2年生 ミニ運動会!10/29 12:13
2年生 ミニ運動会について10/29 07:19
4年生、兵庫県の市町を調べよう!10/28 09:59
朝の風景10/28 09:43

令和2年11月19日(木) 子どもが育つ魔法の言葉!

子どもが育つ魔法の言葉!

世界37カ国で愛読され、日本でも150万部を超えるベストセラーとなったドロシー・ロー・ノルトの著作『子どもが育つ魔法の言葉』の中に「子は親の鏡」という詩があります。子どもを温かく見つめ、温かい言葉がけをしていくことは、子どもの力を伸ばしていく上でとても大事なことです。

誰でも上手くいかなかったときや失敗をしたときなどは落ち込むものです。「なんて自分はダメなんだろう」と自分を責めてしまいます。そんなときこそ、次につながる元気を与えてあげてください。子どもが取り組んだがんばりをともに喜び、次の目標や夢につながるよう声を掛けていきましょう。

今年度からPTAでは、「ほめてもら王(おう)カード」に取り組んでくださいます。このカードは昨年度までの「がんばりカード」に替わるものです。大人でも子どもでも「ほめられる」と誇らしい気持ちになって、自分に自信が持てます。私たち教師も「ほめてもら王(おう)カード」に取り組み期間中は、意識して子どもたちをほめるようにしていきたいと思います。

 

「子どもが育つ魔法の言葉」ドロシー・ロー・ノルト、レイチャル・ハリス著から

  「子は親の鏡」

 けなされて育つと、子どもは、人をけなすようになる

 とげとげした家庭で育つと、子どもは、乱暴になる

 不安な気持ちで育てると、子どもも不安になる

 「かわいそうな子だ」と言って育てると、子どもは、みじめな気持ちになる

 子どもを馬鹿にすると、引っ込み思案な子になる

 親が他人を羨んでばかりいると、子どもも人を羨むようになる

 叱りつけてばかりいると、子どもは「自分は悪い子なんだ」と思ってしまう

 励ましてあげれば、子どもは、自信を持つようになる

 広い心で接すれば、キレる子にはならない

 誉めてあげれば、子どもは、明るい子に育つ

 愛してあげれば、子どもは、人を愛することを学ぶ

 認めてあげれば、子どもは、自分が好きになる

 見つめてあげれば、子どもは、頑張り屋になる

 分かち合うことを教えれば、子どもは、思いやりを学ぶ

 親が正直であれば、子どもは、正直であることの大切さを知る

 子どもに公平であれば、子どもは、正義感のある子に育つ

 やさしく、思いやりをもって育てれば、子どもは、やさしい子に育つ

 守ってあげれば、子どもは、強い子に育つ

 和気あいあいとした家庭で育てば、子どもは、この世の中はいいところだと思えるようになる

 

令和2年11月18日(水) 不審者対応訓練!

不審者対応訓練!

2001年6月8日、大阪教育大付属池田小学校で児童8人の尊い命が奪われた事件から19年が経過しました。この事件後に文科省では、「学校の危機管理マニュアル―子どもを犯罪から守るために―」を作成し、全国の各学校は、「危機管理マニュアル」を作成することが義務づけられました。このマニュアルに基づいて、18日()の業間休みの時間に不審者対応訓練を実施しました。2時間目の授業中に不審者が4階廊下に侵入したことを想定しての訓練です。訓練では、緊急時における児童の安全確保のための避難誘導、そして校内の防犯体制を確認することができました。

学校には多くの方が来校されます。その中には理由もなく学校の敷地内に立ち入ったり、立ち入ろうしたりする者がいます。そのような者を不審者と呼びます。学校では、児童等を犯罪被害から守るため、施設設備の状況も踏まえ、必要な体制等を整備し、不審者かどうかを確実にチェックする必要があります。

学校では、学校敷地内に入る前に必ずインターフォンで応対し、来校者とその用件を確認します。保護者の方は必ず名札をつけて来校していただくことになっていますが、それ以外の来校者については、事務室で受付、記名及び名札をつけていただくことになっています。名札をつけていない来校者には「こんにちは、何かご用ですか」「お話を伺いましょうか」など、声をかけて用件を尋ねるようにしています。用件が明らかでなく言動が不明瞭な場合は、学校外への退去を求めるようにしています。退去に応じない場合は即座に県警ホットラインで通報します。その際には、児童の安全確保を第1優先として、児童を不審者から遠くにするなど、避難指示を行うようにしています。教職員は、笛や非常ベルなどにより応援に駆けつけることになっています。

学校では、命を守る大切な訓練として、不審者対応訓練をはじめ火災時を想定した訓練、地震発生時を想定した訓練を実施しています。起きないに越したことはないのですが、起こったときのための準備です。「備えあれば憂いなし」です。           

 

令和2年11月12日(木) 教科担任制について

教科担任制について

兵庫県では、平成13年度から個に応じたきめ細かな指導や心の安定を図り、多面的な児童生徒理解に基づく指導など、児童生徒の個性や能力の伸長を図ることを目的とした「新学習システム」が始まった。その後、平成21年度から「兵庫型教科担任制」の指導システムを導入し、全小学校で平成24年度から取り組みが始まった。そのため、高学年においては、少人数授業とともに教科担任制を実施することとなる。実施にあたっては、国語、算数、理科、社会から2教科以上選択し、学級担任の交換授業によるものである。

12日()には、毎日新聞社の方が東京から来校され、国よりも先んじて実施している兵庫県の取り組みや本校の教科担任制の状況などについて取材をすると共に実際に交換授業の様子を参観され、授業をされた先生へのインタビューも行っていました。

兵庫型教科担任制については、本校のアンケート結果から、児童は、「教科ごとに先生が代わって、授業が楽しいと思うことが多くなった」や「その教科を専門として教わる授業なのでわかりやすかった」など、8割を超える高い割合を示した。また、記述による自由回答でも、「知らない先生と仲良くなったので、教科担任制になって良かった」「教科担任制が良い。いろいろな先生に教えてもらえて良かった」「小学校で教科担任制に慣れているので、中学校に行っても大丈夫・楽しみ」など、肯定的な意見が多くを占めた。同様に教師のアンケート結果では、「教科によって担当する教員が変わることは、児童にとってよい」「教科の専門性向上に役立っている」「一人ひとりの児童を多面的に捉えられる」など、ほぼ100%の回答を得た。記述による自由回答でも「生徒指導上、内容によっては学級の時間があるにこしたことはないが、学年団の教員のつながりで対応ができる」「学年全体の様子を把握できるという点では、メリットがある」「複数の目で児童を見て、生活指導ができるところが良い」など、メリットがある反面、「教科担任制が増えれば、授業変更がしにくい。行事を精選すれば、教科担任制のほうが良い」など、改善点等もみられた。

 

令和2年11月10日(火)ミニ運動会を振り返って

ミニ運動会を振り返って

6年生をスタートに、10月26日()から始まったミニ運動会も、11月10日()に無事に終えることができました。ミニ運動会が始まった頃は、秋の気配が濃く、観ているものにとっては心地よくもあったのですが、最後の学年が実施する頃には、冬を感じさせるような寒さでした。ミニ運動会では、今年度初めての参観ということもあって、多くの保護者の皆様に参観いただきました。子どもたちもお家の方が来られるということで張り切って競技をしていました。

1年生の子どもたちにとっては、初めての運動会。一つ一つの競技に演技に一生懸命な姿は、かわいくもあり、成長を感じさせられる運動会となりました。2年生は、力を合わせて走りぬく姿に感心させられました。一つ一つの競技に力強さを感じ、観ている人たちを笑顔にしてくれました。3年生、さすが中学年を感じさせるきびきびとして動きに感心させられました。棒引きでは必死の形相で頑張りました。4年生は、自分たちで創り上げるミニ運動会に一人ひとりが自分の責任を意識して取り組んでいる姿に感心させられました。5年生の学級対抗リレーでは、さすが5年生と感じさせられるバトンパスに力強い走りに感心させられました。一つのバトンをつなぐ大切さを学びました。6年生は、小学校生活最後の運動会、全てのことを自分たちで考え行動し、「頼もしさ」を感じさせるミニ運動会となりました。

ミニ運動会を通して、保護者の皆様には、子どもたち一人ひとりの力、クラスの絆、目標に向かって一生懸命な姿などをご覧いただけたのではないでしょうか。子どもたちは、さまざまな活動を通して、心と体が大きく成長していきます。コロナ禍にあっても活動を通して、子どもたちが健やかに成長することを願っています。

 

令和2年11月9日 自己有用感

自己有用感

よく日本の子どもたちの自尊感情が低いと言われます。内閣府の調査(平成26年)によれば、日本の若者のうち、自分自身に満足している者の割合は5割弱、自分には長所があると思っている者の割合は7割弱でいずれも諸外国と比べて日本が最も低い状況にあり、自己を肯定的に捉えている者の割合が低く、自分に誇りを持っている者の割合も低い状況にあります。自尊感情が低い子どもは、「自分はダメだ」と自信が持てなかったり、失敗を恐れて、消極的になったり、友だちに対して信頼感を持てなかったりします。

改めて「自尊感情」とは何か。自尊感情とは、自分自身を好きだとか、自分を大切に思える気持ちのことをいいます。「自尊感情」とは心理学用語 Self esteem の訳語として定着した概念です。一般的には、「自己肯定感」「自己存在感」「自己効力感」等の語などと、ほぼ同じ意味合いで用いられているようです。

  東京都では、「自尊感情」と「自己肯定感」を次のように定義しました。「自尊感情」とは自分のできることできないことなどすべての要素を包括した意味での「自分」を他者とのかかわり合いを通してかけがえのない存在、価値ある存在としてとらえる気持ち、一方「自己肯定感」とは自分に対する評価を行う際に、自分のよさを肯定的に認める感情と定義し、子どもたちが人や社会などのさまざまな環境に適応しながら健やかに成長していくために、心の基盤となる自尊感情や自己肯定感を高めることが大切としています。

文部科学省国立教育政策研究所生徒指導・進路指導研究センターから出ている生徒指導資料「『自尊感情』?それとも、『自己有用感』」では、「自分に自信が持てず、人間関係に不安を感じていたりする状況が見られたりする」場合の対策として子どもの「自尊感情」を高める必要があるが、日本では、児童生徒の「規範意識(きまり等を進んで守ろうとする意識)」の重要性も強調されています。そのため「自尊感情」よりも「自己有用感」の育成を目指す方が適当と言えるようです。「人の役に立った」、「人から感謝された」、「人から認められた」という「自己有用感」は、自分と他者(集団や社会)との関係を自他共に肯定的に受け入れられることで生まれます。自己に対する肯定的な評価だからです。自己有用感は、「他者からの評価」を条件に自分を認めている点で、自己肯定感とニュアンスが異なります。「自己有用感」の獲得が「自尊感情」の獲得につながります。「自尊感情」が高いことは、必ずしも 「自己有用感」 の高さを意味しているものではなく、「自己有用感」に裏付けられた「自尊感情」が大切と言うことになります。
                               

 

令和2年11月2日(月) 6年生 平和の灯火集会

6年生 平和の灯火集会

2日()、6年生の子どもたちは、自らの意思で「平和の集い」を開催することを決めました。そして、社会科や総合的な学習の時間に学んだ平和の大切さを、6年生全員で確認するためにこの会を開催しました。会の中では、広島平和公園にある「原爆の子の像」の映像を写しだし、その前で「鴻池小学校平和セレモニー」を行いました。セレモニーでは、折り鶴を捧げ、平和を祈る歌「 Peace Peace Peace(鴻池小オリジナル曲)を歌いました。最後に平和の灯火に点火し、各クラスの代表一人ひとりが自分の言葉で平和な世の中を築いていくために、自分ができることを「平和の誓い」として読み上げました。

この会を通じて子どもたちは、「平和の誓い」を身近な人に伝えていくことを確認し合うことができました。

この平和の灯火集会の開催は、6年生、皆さんの平和に対する意思の表れだと思っています。この集いを通して、全校生に、これから生きていく社会に「平和への誓い」を発信していってほしいと願います。

私たちは、これまで当たり前だと思っていた日常が、コロナウイルスの脅威によって奪われました。生活もさまざまなことが制限され、教育を受ける機会を奪われ、夢や希望を奪われ、青春を奪われ、命を奪われ、当たり前の日常は、決して当たり前ではないことに気づかされました。

75年前、大切な人と過ごす日常が奪われました。昭和20(1945)年8月6日午前8時15分、広島を標的とした原子爆弾〝リトルボーイ〟が投下され、たった一発の爆弾で広島のまちは一瞬にして〝無〟となり、人々の当たり前の日常と多くの命を奪いました。

広島平和公園にある平和の灯は、核のない、そして永遠の平和の実現を願って昭和39(1964)年に建立され、約60年近く、消えずに燃え続けています。いつになったらこの火は消えるのかと考えさせられます。この平和の火には、もう二度と同じ過ちを繰り返さないという願いと誓いが込められています。

私たちもこの集いを通じて、核のない平和の社会を築いていくことをこの場で誓い合うことができました。

  

 

令和2年10月30日(金) これからを生きる

これからを生きる

これからの学校教育では、学力の質が変わってきています。これまでは暗記中心や教師による一方通行の講義形式が中心であった。これからは、受け身の学習スタイルから、社会で必要となる力を育てるスタイルに変わっていきます。これからの社会を生き抜くための必要な能力の3要素「主体性」「多様性」「協働性」が求められるようになります。2日前のニュースにもなった演劇を実習で学べる兵庫県立の「芸術文化観光専門職大学」が、来春、同県豊岡市に開学します。その学長になる劇作家の平田オリザさんが「22世紀をみる君たちへ これからを生きるための『練習問題』」(講談社現代新書)の中で、21世紀の日本社会と国際社会を生きる上では、「『努力』や『根性』『従順さ』も大事なのだろうが、『主体性』や『多様性』『協働性』『表現力』などの方が、21世紀の日本社会と国際社会を生きる上では、少なくとも同等かそれ以上に必要なものとなっていくと言われています。基本は、おそらく基礎学力で、7割方は、従来型の基礎学力中心となり、英単語も年号も覚えなければなりません。また、それを覚えることに多少の意義もあります。しかし、2020年以降、残りの3割が大きな差がつく時代が来ることはまちがない。しかも、この3割の部分は小さい頃から少しずつ身につけておかないと定着しない。だから初等中等教育の重要性が増してくると。

今、文科省は、各大学に全ての授業をできるだけアクティブラーニング化するように指導しています。少なくとも表面上は、大教室での一方通行の講義は姿を消しつつあり、ディスカッション型の授業が増えています。アクティブラーニングに参加できない、対等な立場での議論のできない生徒は、どれほど従来型の学力が高くても門前払いされることになります。

学力の3要素は、学校教育の柱となっていく考え方です。大学の一般入試でもそれらの要素は求められるようになります。義務教育においてこの学力の3要素を、どのように伸ばしていけばいいのかが大きな課題です。その一つが学校教育目標の達成のために教科の枠を越えた各教科のカリキュラムを考える「カリキュラム・マネジメント」です。

今までは国語、算数、理科、社会など教科ごとに科目が分かれていました。学校教育目標の達成のために、今後は教科に縛られることなく、学習内容が相互に作用し合うカリキュラムを組む必要があります。そして、教育課程を編成・実施し、評価して改善を図る連の PDCAサイクルを確することにあります。さらには、教育活動に必要な的・物的資源等を、地域等の外部の資源も含めて活用しながら効果的に進めることが求められます。

変化の激しいこれからの社会を生きる子どもたちは、将来、これまでに出合ったことのない場面や課題に直面するかもしれません。そのようなとき、多様な人びとと協働して解決できる力を子どもたちに身につけさせる必要があります。

 

令和2年10月27日(火) 心ひとつにミニ運動会!

心ひとつにミニ運動会!

26日は、素晴らしい秋空のもと、6年生のミニ運動会を開催することができました。6年生の子どもたちにとっては、小学校生活最後の運動会です。この運動会に向けては、休み時間を使って応援合戦の練習やリレーの練習に懸命に取り組む素晴らしい姿をたくさん見ることができました。

開会式では、「仲間との絆」をめあてに全力で競技することを宣言し、気合いの入った応援に互いの健闘をたたえ合う応援合戦も素晴らしかったです。そして、1年生のときを思い出させる「玉入れ」、とってもかわいかったです。最後に見せてくれたのが学級全員リレー、さすが6年生を感じさせるバトンパスは圧巻でした。

例年通りの開催とはいきませんでしたが、仲間と共に、努力し、協力し、全力を出し切ったミニ運動会、一人では学ぶことのできない多くのことを学び、また一つ力が付いたことだと思います。仲間と味わえる心地よい疲労感も全て一生懸命にがんばった結果です。そして、一生懸命にがんばった姿は多くの人に感動を与えてくれました。

 今回のミニ運動会では、改めて環境の大切さを感じました。ミニ運動会の開催に向けて、運動場が整備され、トラックやリレーのバトンゾーンに白線がきれいに引かれるなど、本番を迎える環境を先生方が行ってくれました。「いよいよ運動会が始まるな」と子どもたちの意欲もかき立てられたことでしょう。子どもの学ぶ意欲を高める上で、安心して学べる環境というのはとても大切なことです。ミニ運動会を開催するにあたっての物的環境が整っていたわけです。今回のミニ運動会だけではありません。普段の授業においても、物的環境が大切にされなければなりません。教室が整理整頓されていることはもちろんのことですが、今、学習している内容に沿った図書が置いてあるとか、資料や作品が掲示されているとか、そういったことが子どもたちの学習に対する興味や関心を高めることにつながります。子どもの作品が曲がったままだとか、資料が外れているとか、図書が乱雑に置いてあるとかは、子どもたちの精神的な安定を崩してしまうことにもなります。そして、物的な環境だけではなく、学ぶ意欲を育む上で大切なことは人的環境です。「先生は、自分のよいところをみてくれている」「自分のことを温かく見守ってくれている」「自分のことを信じてくれている」など、子どもたちに安心感を与えることは、子どもたちが学びに向かうための土台です。一人一人の子どもたちを大切にすることは、子どもたちにも伝わります。自分が大切にされていると感じる子どもたちは、互いに認め合い、高め合うことができます。そのことは、安心して学ぶことができる学級づくりにつながります。

 

令和2年10月23日(金)「いじめ」のない学校づくりをめざして

「いじめ」のない学校づくりをめざして

新聞各紙でいじめの認知件数について、報道がありました。2019年度のいじめ認知件数が過去最多の61万件を超したという報道です。前年度より約7万件増加したことになります。重大事態(重大事態とは、「いじめにより当該学校に在籍する児童等の生命、心身又は財産に重大な被害が生じた疑いがあると認める」事態及び「いじめにより当該学校に在籍する児童等が相当の期間学校を欠席することを余儀なくされている疑いがあると認める」事態と定義されている(いじめ法第28条第1項))も大幅に増加し723件に上っています。詳しくみてみると、小学校では、昨年度より5万8701増の48万4545件になりました。具体的な内容は、「冷やかしや悪口」が一番多く、61.9%で、インターネットやSNSでの誹謗中傷も2.9%あったようです。兵庫県でも公立小中高、特別支援学校で確認されたいじめ認知件数が2万2783件に上り、過去最多となりました。なお、小学校だけをみてみると、兵庫県では、1万6191件となり、昨年度より4563件増加したことになります。

学校では、10月13日()の学校朝礼でいじめについて話をしました。このことについては、10月14日の「校長の部屋」で触れていることですが、改めて、「いじめ」は、絶対に許される行為ではありません。「いじめ」の根絶に向けては、全ての教職員が自らの問題として切実に受け止め、徹底して取り組むべき重要な課題です。そのためには、日頃から、子どもたち一人ひとりに応じたわかる授業の実践と、深い児童理解にたった生徒指導の充実を図り、児童が楽しく学び、いきいきとした学校生活を送れるようにしていくことが大切です。

文科省では、いじめ問題に関する基本的認識として、「いじめについては、『どの子どもにも、どの学校においても起こり得る』ものであることを十分認識するとともに、特に、以下の点を踏まえ、適切に対応する必要がある」と、5点の対応を求めています。

1.「弱いものをいじめることは人間として絶対に許されない」との強い認識を持つこと。

どのような社会にあっても、いじめは許されない、いじめる側が悪いという明快な一事を毅然とした態度で行きわたらせる必要がある。いじめは子どもの成長にとって必要な場合もあるという考えは認められない。また、いじめをはやし立てたり、傍観したりする行為もいじめる行為と同様に許されない。

2.いじめられている子どもの立場に立った親身の指導を行うこと。

子どもの悩みを親身になって受け止め、子どもの発する危険信号をあらゆる機会を捉えて鋭敏に感知するよう努める。自分のクラスや学校に深刻ないじめ事件が発生し得るという危機意識を持つ。なお、いじめの件数が少ないことのみをもって問題なしとすることは早計である。

3.いじめは家庭教育の在り方に大きな関わりを有していること。

いじめの問題の解決のために家庭が極めて重要な役割を担う。いじめの問題の基本的な考え方は、まず家庭が責任を持って徹底する必要がある。家庭の深い愛情や精神的な支え、信頼に基づく厳しさ、親子の会話や触れ合いの確保が重要である。

4.いじめの問題は、教師の児童生徒観や指導の在り方が問われる問題であること。

個性や差異を尊重する態度やその基礎となる価値観を育てる指導を推進する。道徳教育、心の教育を通してかけがえのない生命、生きることの素晴らしさや喜びなどについて指導することが必要である。

5.家庭・学校・地域社会など全ての関係者がそれぞれの役割を果たし、一体となって真剣に取り組むことが必要であること。

いじめの解決に向けて関係者の全てがそれぞれの立場からその責務を果たす必要がある。地域を挙げた取組も急務である。

いじめのない学校づくりをめざして、お互いが認め合い、心が通い合う人間関係を築くことが大切です。そして、教職員が「いじめは、人間として絶対に許されない」との認識をもち、教育活動全体を通じて、学校全体で組織的に取り組むことが大切です。小さな芽のうちに気づき、適切に対応すれば、決して大きな事件・事故にはならないはずです。

私たち一人一人の小さな優しさが、一人一人が大切にされる学級へ、そして一人一人が大切にされる学校に、池に投げた小石のさざなみのように ひろがっていけばと願います。(絵本「ひとりひとりのやさしさ」(ジャクリーン・ウッドソン作)の最後から)

 

令和2年10月22日(木)地域の力に感謝!

地域の力に感謝!

21日()、地域の宗友さんが5月から育てていただいたサツマイモを2年生の子どもたちが収穫しました。子どもたちはスコップ片手にさつまいもを傷つけないように慎重に掘っていました。大きいさつまいもや小さいさつまいも、細長いさつまいもをやっとのことで掘り出しては、にこにこ顔で「とれたー!」と歓声をあげていました。また、なかなかさつまいもを掘り出せずに奮闘している子や自分の顔より大きなさつまいもが取れてびっくりする子など、子どもたちはみんな満面の笑みを浮かべて大喜びでした。ここまで大きく育ったのも、お世話をしてくださった宗友さんのお陰です。本当にありがとうございました。
  

今回のことに限らず、学校は地域と保護者の皆様によってに支えられ、成り立っていると感じています。「登下校」での危険な場所でも見守り活動、毎日子どもたちが安心して登校できるのも、地域や保護者の皆様の見守り活動があるからです。「おはよう」「お帰り」と明るく声をかけていただき、いつも子どもたちの様子を見守っていただいている皆様の存在はとても大きいと感じています。また、スポーツを通して、子どもたちちの健全育成に尽力を頂いているスポーツクラブ21の皆様の存在も大きいです。「わくわくサタデー」(土曜学習教室)のボランティアの皆さんにも感謝です。子どもたちのために何ができるかを真摯に考えていただき、「英語で遊ぼう」や「星空観察会」「陶芸教室」など、子どもたちのために、学習イベントを開催していただいています。学校の環境美化のために草抜きや植木の剪定など、地域の方が進んでやってくれています。子どもたちをのさまざまな活動が当たり前のようにできるのも、元気に登校してくることができるのも学校を近くで支えてくださる地域や保護者の皆様のおかげです。皆様に感謝です。

 

令和2年10月21日(水) 心のスイッチ

心のスイッチ

兵庫が生んだ偉大な教育者、東井義雄先生、著書「自分を育てるのは自分」の中で「人間は五千通りの可能性をもって生まれてくる。その可能性の中から、どんな自分を取り出していくか。皆さん一人一人が責任者なんですよ。世界でただ一人の私を、どんな私に仕上げていくか。その責任者が私であり皆さん一人一人なのです」と書かれています。誰もが素晴らしい可能性を秘めています。その可能性を引き出すのは他ならぬ自分自身です。日々、前向きに生きられることは素晴らしいことです。でも、いつもいつも前向きに生きられるわけではありません。ときには、失敗をしたり、叱られたり、弱気になったり、落ち込んだり、諦めそうになったりします。でも、そんなときに「よしっ、やるぞ」と自分に言い聞かせるのです。それは、打ちひしがれた自分に元気を送り込む「スイッチ」を入れることです。その「心のスイッチ」は誰もが持っているものです。そのスイッチを入れるのは自分自身です。自分を信じて「心のスイッチ」を入れてみましょう。

 

「心のスイッチ」

人間の目は ふしぎな 目

見ようという心がなかったら 見ていても 見えない

人間の耳はふしぎな耳

聞こうという心がなかったら

聞いていても 聞こえない

頭も そうだ

はじめから よい頭 わるい頭の 区別が あるのではないようだ

「よし、やるぞ!」と

心のスイッチが入ると

頭も 素晴らしいはたらきをしはじめる

心のスイッチが 人間を つまらなくもし すばらしくも していく

電灯のスイッチが 家の中を明るくし 暗くもするように

 

令和2年10月20日(火) 菊を育てること

菊を育てること

私が最初に赴任した学校では、6年生の子どもたちが菊作りに挑戦していました。

いつかは自分も挑戦したいと思いながら現在に至っています。秋になると、学校の正門に、立派な菊の大輪が並ぶ光景は圧巻でした。6年生の子どもたちと、先生と技能員さんが精魂込めて作られた大菊の花が出迎えてくれます。

 「菊作り 菊見るときは 陰の人」

この句は、文豪の吉川英治さんの句です。手間がかかる菊を作るのは大変なことで、そして、その菊が見事に開花したときは、育てた人は陰になって見守っている、ということを詠っています。よく、この句は、結婚式では新婦の両親に送られるのが恒例だそうです。どんなに立派な大輪の菊に育っても、親は子どもを育てたことを自慢し、吹聴などしたりしません。親として当たり前のことだからです。子どもはそのことを知ることもなく大きく成長します。

「菊根分け、あとは自分の土で咲け」

この句は、先ほどの句とセットでよく使われます。この句は、吉川英治さんが、知人の宮田重雄画伯の娘さんの結婚の際に、はなむけに贈った句です。菊の花を育てるのには、とても手間がかかります。手間がかかる分、きれいに咲いた時の見事さは、感動を与えてくれます。その菊も花の盛りを過ぎると、根分けといって、次の世代の花を咲かせるのです。

子どもたち一人一人は、大輪を咲かせることのできる可能性を持った人たちです。自分に自信を持って、自分の道を歩いてほしいと思います。

 

令和2年10月14日(水) 『いじめ』と向き合う!

『いじめ』と向き合う! 

大津の中学生がいじめを苦に自殺してから、10月11日で9年を迎えました。このことが大きく社会問題化したことをきっかけに翌年の2012年に「いじめ防止対策推進法」が施行されました。この法律を受け各学校では、「学校いじめ防止基本方針」を策定しました。そのような取組にもかかわらず、いじめが原因と疑われる自殺事案は後を絶たない状況にあります。2018年度には、小中高校などで認知したいじめの件数が過去最高を更新し54万件を突破しました。また、「いじめにより生命、心身などに重大な被害が生じた疑いがある」重大事態も602件に上るという報道がありました。

『いじめ』は、人として決して許されない行為です。しかしながら、どの子どもにも、どの学校にも起こり得る可能性があります。

学校では1学期の終業式の前と11月に『生活アンケート』を実施し、いじめの実態把握に努めています。また、『いじめ』は、人権に関わる問題であり、絶対に許されるものではないという認識のもと、「しない、させない、許さない」という姿勢を徹底し、『いじめ』があった時には、適切に対応をしていきます。まず、私たち教師は、子ども一人一人を丁寧に見つめること、子どもそれぞれの良さを認めること、自分は愛されているのだと実感させることが大切だと考えています。

令和2年7月10日(金)の「校長の部屋」でも一度紹介をした「わたしのせいじゃない~せきにんについて~」(岩崎書店)を使って、10月13日()の学校朝礼でいじめについて話をしました。いじめられた人の心には、目には見えないたくさんのいじめの矢が刺さっています。心が引き裂かれたり、壊れたりして、学校に来られなくなる人、家から出られなくなる人、死んでしまう人がいるかもしれません。まわりに、いじめの矢が突き刺さっている友だちはいませんか?心が壊れてしまう前にいじめの矢を抜かないといけません。でも、いじめの矢は、いじめられている本人は抜くことができないのです。どうやったらいじめの矢を抜くことができるのか、そして、自分はいじめに対して何ができるのか、クラスで考えてほしいと伝えました。

いじめのない、笑顔あふれる学校に!

 

令和2年10月12日(月) 灘校伝説の教師

灘校伝説の教師

「伝説の灘校教師が教える一生役立つ学ぶ力」(日本実業出版社)を、この休みに読んでみました。伝説の教師とは、灘中・灘高で1934年から50年間国語を教えた橋本武先生のことです。橋本先生の国語の授業は、教科書を使わず、中勘助の文庫本「銀の匙」(岩波文庫)を3年間かけて読み込んでいく授業です。99歳の時に灘校の特別授業「土曜講座」で、2日間限定で再び教壇に立ち、27年ぶりに「銀の匙授業」を行うなど、当時マスコミでも大きく取り上げられました。

結局、土曜講座では、「銀の匙」には触れなかったのですが、橋本先生は、黒板に「遊ぶ」と「学ぶ」と書き、2つの文字から感じたことを生徒に問いました。一人の生徒が冒頭に「『遊ぶ』は好きだが、『学ぶ』は嫌い」と答えます。ある子は、授業が終わった後に、「『遊ぶ』と『学ぶ』の垣根がなくなったと思う」と話していたことを聞いて本当にうれしく思ったそうです。橋本先生がなぜ『学ぶ』と『遊ぶ』を強調されたのか、それは、自ら進んで参加するのが『遊び』であり、『学び』もそうあるべきだと考えるからだそうです。

「伝説の灘校教師が教える一生役立つ学ぶ力」(日本実業出版社)の中で、灘校一筋50年、そして、100年の伝説教師として、授業を通して伝えたかったことが語られています。子どもは、ひとたび自然と何かに興味を持てば、自分から進んでやるようになる。そのためには、「遊ぶ教育」というものが大事になってくるともいっています。子どもが遊ぶような感覚で学んでいけるように仕向けること。子どもは面白がって「よーし、やってみるぞ」と言えるような雰囲気と環境を整えることともいっています。さすれば、放っておいても子どもは自分の思いのまま進んでいきます。

さて、「銀の匙」に戻りますが、橋本先生は、国語の授業にもかかわらず、作品内でたこ揚げシーンがあると外でたこ揚げをし、駄菓子が登場すれば教室で実際に食べてみるなど、よく横道にそれたそうです。これだけではありません。「銀の匙」の2章の冒頭の短い文章の中に「語句の意味」の項目には、「名うて=名高い、著名」「漢方=中国から伝来した医術」など、また、「注意すべき語句」として「とりあげ婆さん」など、多くの横道が派生します。わかりきった言葉でも、子どもたちに改めて別の視点から考えさせる。とにかく子どもたちが面白がり、また、横道にそれるような要素をふんだん盛り込み、教科書もノートもなし、たった一冊の文庫本とプリントのみで授業を進めます。「銀の匙」は、中勘助本人の自伝的小説で子どもの頃から青年期に至るまでの成長物語です。子どもたちは、自分の経験と主人公の気持ちを重ね合わせ、読み進めることができます。「『銀の匙』を読んでおきなさい」では、面白くもなんともありません。教師自身の「銀の匙の教材的研究」をもとにして、子どもたちも先生の追体験を経験させるために「銀の匙研究ノート」と題したプリントを副教材として渡します。こうして先生と子どもがともに作り上げていく授業が始まります。先生の一生懸命は必ず、子どもたちに伝わります。子どもたちは授業を受けるのではなく、自然と授業に「参加」していきます。自然に面白がり、自然に楽しめ、自然と学ぶようになります。押しつけではこうはなりません。わからない言葉を調べ、章ごとに内容を200字でまとめ、その章のタイトルをつけます。読まされていた小説が、作者以上に自分の小説になっていきます。まさに「学ぶことが、遊ぶことと同じようにできたらいい」になっていくのです。これこそが「学びの本質」です。子どもたちが学習活動の中で、問題を見出し、問題解決に向けて、自分なりに考えを生み出したり、考えを絞り込んだりしている姿です。

 

令和2年10月8日(木) 「令和の日本型学校教育」が目指す学びについて

「令和の日本型学校教育」が目指す学びについて

予測困難な時代に、新型コロナウイルス感染症により、一層先行き不透明な時代になってきました。このような中において、学校教育において、何が求められているのか、107日に「令和の日本型学校教育」の構築を目指して~全ての子どもたちの可能性を引き出す、個別最適な学びと、協働的な学びの実現~中間まとめが中央教育審議会初等中等教育分科会から公表された。

子どもたちの知・徳・体を一体的に育む「日本型学校教育」は、全ての子どもたちに一定水準の教育を保障する平等性の面、全人教育という面、卓越性という面などについて諸外国から高く評価されている。新型コロナウイルス感染症の感染拡大防止のために長期にわたる臨時休業措置においても学校は、電子メール、ホームページ、電話等、あらゆる手段を活用し、子どもや保護者とのつながりを大切に、心のケアや学習機会の保障に努めた。しかしながら、公立学校においては、ICT環境の整備が十分でないことから、学びの保障の有効手段の一つとなり得る「同時双方向型のオンライン指導」の実施状況は、15%に留まった。

GIGAスクール構想」により、児童一人一台の端末と高速大容量の通信ネットワークを一体的に整備することが前倒しされた。これにより、令和時代における学校の「スタンダード」として、これまでの実践と ICTの活用を適切に組み合わせていくことで、これからの学校教育大きく変え、様々な課題の解決し、学びの質を向上させることが期待されている。誰一人取り残すことのない、持続可能で多様性と包括生のある社会の実現に向け、ツールとしてのICTを基盤としつつ、2020年代を通じて実現を目指す学校教育を「令和の日本型学校教育」と名付け、目指すべき方向性を社会と共有することとした。

「令和の日本型学校教育」では、子どもたちの多様化が一層進む中で、全ての子どもたちに基礎的・基本的な知識・技能等を確実に習得させるためには、専門性の高い教師がより支援が必要な児童生徒により重点的な指導を行うことなどにより効果的な指導を実現する「指導の個別化」が必要である。また、基礎的・基本的な知識・技能や言語能力、情報活用能力、問題発見・解決能力等の学習の基盤となる資質・能力等を土台として、子どもたちの興味・関心等に応じ、ICT も活用し、専門性の高い教師が子どもに応じた学習活動を提供することで子どもならではの課題の設定し、自ら情報の収集、整理・分析、まとめ・表現を行うなど、主体的に学習を最適化することを教師が促す「学習の個性化」も重要である。教科等の特質に応じて「指導の個別化」と「学習の個性化」を適切に組み合わせ、多様子どもたちを誰一人取り残さず、全ての子どもたちに必要な資質・能力を育成し、その個性を生かしていくことが重要である。さらには、地域の方々をはじめ多様な他者と協働して主体的に実社会に関わる課題を解決しようとする探究的な学び、様々な体験活動などを通じ、持続可能な社会の創り手として必要な資質・能力を育成する「協働的な学び」も重要である。

「指導の個別化」と「学習の個性化」等を教師の視点から整理した概念が「個に応じた指導」であり、学習者視点から整理した概念が「個別最適な学び」と考えられる。

 

令和2年10月5日(月) 身をもって教えるということ

身をもって教えるということ

私たち教師は、意見文を書かせるときに、自分たちの生活から、何か考えのあること、人に訴えたいことを見つけて書きなさいと、よく指導することがあります。大村はまさんは、「日本の教師に伝えたいこと」(筑摩書房)のなかで、ちゃんと、子どもたちがタネを持てるように指導すべきと言われます。子どもたちが何を書いていいかわかるときというのは、もうたいていの意見ができている状況だと。子どもが困ることは、書き方がわからないのではなく、書くことができないということ。こういうときに、教師が身をもって指導する。さて、身をもって指導するとはどういうことでしょう。子どもと一緒に暮らしている教師は、取材に最適な人間です。子どもが今考えたらいいこと、考えるべきこと、考えて書けば甲斐あること、そういうことを見つけて、見つけたものを教師は見せるだけでいいと、子どもがそれをヒントとしていいし、子どもが意欲を持てるようなものを示す、これが教師の仕事だと。何を拾って見せることができるか、それが教師の力だともいっています。タネは子どもの数だけでは足りない、子どもが40人いたら、40では足りない、もっと多くのタネを用意する。また、子どもに自由にというのは無理なことで、「自由に」というのはいいが、教師は密かにいつでも助力できるものを持っていることが大切であるともいっています。

書くことがなくて、困って「先生、何を書いたらいいでしょうか」と切なる願いで聞いてくる子どもに「これ書いたらどうか」と、書きたい題材をそこに出してあげないと、教えているということにならない、単なる監督に過ぎません。「先生からもらった」とか、「押しつけられた」とか、そういう感覚が出るとしたら、教えた先生の失敗です。でも、子どもが「ああ、それそれ」というふうに受け止められるよう渡すのが教師の工夫であり、教師の指導です。

何事でも、まず教師がやってみる。何か、連合艦隊司令長官の山本五十六の語録「やってみせ 言って聞かせて させてみて ほめてやらねば 人は動かじ」に相通じるところがあるように思います。

 

令和2年10月1日(木) 折り返し地点に!

折り返し地点に!

今日、10月1日は、中秋の名月です。中秋の名月とは、旧暦の8月15日の夜に見える月のことを指します。中秋の名月を愛でる習慣は、平安時代に中国から伝わったと言われています。中秋の名月は、この時期の収穫物にちなんで「芋名月」「栗名月」「豆名月」と呼ばれることもあります。今日は、天気予報によると、夜は晴れるそうです。素晴らしい中秋の名月を愛でることができるでしょう。古き良き時代の日本の風習に想いを馳せながら、夜空を眺めてみてはいかがでしょう。

さて、一方10月1日は一年の折り返し地点です。 厳しかった残暑もひと段落。ようやく朝夕少しずつ秋らしくなってきました。本年度も早くも6か月が過ぎ、いよいよ後半戦に突入しました。

出光興産創業者の出光佐三(いでみつさぞう)さんの言葉に「順境にいて悲観し、逆境において楽観せよ」という言葉があります。「いつまでも順風満帆にはいかないのが世の常、常に今後起こりうる最悪の事態を想定して準備をする、逆に何もかもうまくいかない状況にあっても泰然自若として先見性を持って取組むこと」という意味の言葉です。でも最悪の事態が来ることがわかっていても、今の満足した状況にあぐらをかいてしまう、それが人間だともいっています。折り返しに地点に来た今、状況に甘んじることなく、この先、何が起こるかわかりません。先を見通した考えを持って行動する必要があります。

 

令和2年9月30日 ミニ運動会に向けて

ミニ運動会に向けて

今年度の体育大会は、新型コロナウイルス感染症拡大防止の観点により、全校一斉に行うことはせず、学年ごとに日時を決め、内容を絞って行うミニ運動会という形で実施します。子どもたちが楽しみにしている多くの行事が中止や規模の縮小となり、ミニ運動会を開催できることは子どもたちにとっても、我々教職員にとっても子どもの元気にがんばる姿を見ることができるのはとても楽しみです。

ミニ運動会に向けて、体育の時間等には、リレーの練習を中心に始まっています。6年生の応援合戦の練習も始まっています。そして、玉入れや、大玉転がし、棒引き、ドッジボール大会、綱引きの練習もやがて始まることになるでしょう。1年生の子どもたちにとっては、はじめての運動会となります。練習でもちょっとどきどきしながら走っている子もいます。参観に来ていただいた保護者の方へ1年生なりの頑張りを発表してくれることでしょう。6年生の子どもたちにとっては、最後の運動会、リレーや団体競技の他、応援合戦にも取り組んでいます。みんなの気持ちを一つに各クラスがんばっています。

当日、練習の成果をしっかりと発揮できるように、頑張っていきましょう。限られた中での運動会となりますが、子どもたちの精一杯に頑張る姿、大活躍の姿に保護者の皆様の温かい応援(拍手)をお願いします。
     
     

 

令和2年9月28日(月) 「できる」「わかる」ということ

「できる」「わかる」ということ

現在、田園調布学園大学大学院教授の佐伯胖さんは、著書「『わかる』ということの意味」(岩波書店)の中で、「できる」とか「できない」ということについて、次のように述べています。ものごとの「できる」とか、「できない」というのはどういうことでしょうか。例えば、「自分なりにできた」と思うことでも、他人の目からは「ちゃんとできていない」とされてしまいます。本当は「できた」とか「できなかった」というのは、自分なりの実感であるはずです。ところが、やはり学校の授業の中では、自分なりの実感は無関係なのです。要するに先生の目から見て「できた」か「できなかった」かのいずれかになってしまいます。

自分なりの実感としての「できた」というのは、自分の力を出し切った感じ、自分でいろいろと工夫し、試みたあげく、なんとか自分としては満足のいく成果が上がったことでしょう。ところが、他人の目から見た「できた」というのは、あくまで「他人にとって」満足できる状態になったに過ぎません。

学校では、子どもたちに確かな学力をつけることを大切にしながら、各教科において子どもたちが「わかった」「できた」を実感できるよう授業改善に取り組んでいます。しかし、学力を見る視点として、例えば、テストで80点以上をとれば、「わかった」「よくできた」という評価をすることが多いです。全てではありませんが、客観的に子どもたちのついた力を見るための手段として行っています。「自分なりの実感は無関係」に行っているのかもしれません。また、子どもたちも「要するにどうすればいいのか」に主眼を置き、練習問題や応用問題をたくさんこなして、問題の意味を現実的な状況としてじっくり考えるのではなく、「解き方」をあてはめて、習熟を図っていきます。だから、テストである程度の点数が取れたら「できた」「わかった」と思ってしまう子が多いでしょう。これも、ある意味では、教師の意図したことができたに違いありません。子どもたちが実感として「できた」「わかった」と、別の言い方をすれば、「わかる」から「なっとくする」ための授業の改善が必要です。

文科省では、「確かな学力」について、子どもたちには、基礎的・基本的な「知識や技能」に加えて、「学ぶ意欲」や「思考力・判断力・表現力など」を含めた幅広い学力を育てることが必要です。これを「確かな学力」といいます。各学校では、子どもたち一人一人に応じて指導するなど「わかる授業」を行い、「確かな学力」を育むことができるように努めています。

「学びの本質」をとらえた授業改善とは、子どもたちが学習活動の中で、問題を見出し、問題解決に向けて、自分なりに考えを生み出したり、考えを絞り込んだりしている姿を設定し、その姿を追うことを通して学習・指導方法の在り方を明らかすることです。

 

令和2年9月25日 キャリア教育について

キャリア教育

変化の激しい時代を生きる子どもたちが「生きる力」を身につけ、しっかりとした勤労観、職業観を形成し、それぞれが直面するであろう様々な課題に柔軟かつたくましく対応する力を高めることが重要な課題となっています。社会的・職業的自立に向け、必要な能力や態度を育て、一人一人のキャリア発達を支援するキャリア教育が強く求められています。

将来の夢や目標に向かって主体的にキャリア形成と自己実現を図れるよう、学校教育は、特別活動を要としつつ、総合的な学習の時間や学校行事、道徳科や各教科等、学校の教育活動全体を通じてキャリア教育を実施しなければなりません。キャリア教育の要となる特別活動では、よりよい生活や人間関係を築くために、子どもたちが自分たちで役割を分担し合ったり、任された仕事の責任を果たしたりするなど、集団の一員として、集団に寄与する活動が展開されなければなりません。子どもたちは、その活動過程で、達成感や充実感を味わい、仲間と互いのよさを認め合ったり自分の成長に気づいたりするなど、「自分自身の持ち味やよいところ」や「仲間から必要とされていること」、「自分も役に立っていること」を実感することができます。

明治大学文学部教授 諸富祥彦さん著書「『7つの力』を育てるキャリア教育 小学校から中学・高校まで」(図書文化社)の中で子どもにつけたい7つの力について、次のような提案をしています。

①「出会いに生き方を学ぶ力」

さまざまな人との出会いのなかで「生き方のモデル」を見いだし、自分の生き方を考えることのできる力

②「夢見る力」

例えば、「10年後の私」を思い浮かべて、じぶんは「ああなりたい」「こんなことをしてみたい」と思い描く力。

③「自分を見つめ、選択する力」

自分は本当は何をしたいのか、自己選択できる力。

④「コミュニケーション能力」

はじめて会った人でも心と心が通い合える人間関係を作ることができる力、ソーシャルスキルを越えた、人とふれあう力。

⑤「達成する力」

小さな目標であっても、自分で決めた目標を達成することによって、自分の仕事を責任もってこなせる人間なんだと感じる力

⑥「七転び八起きの力」

失敗や挫折に負けず、チャレンジする力

⑦「社会貢献を喜べる力」

仕事を通して、自分が社会役立っていると、人の役に立っていると喜びや生きがいを感じる力

子どもの幸福を見据えたキャリア形成を諸富さんは提案されています。今、子どもたちが「生きる力」を身につけ、社会の激しい変化に流されることなく、それぞれが直面するであろう様々な課題に柔軟かつたくましく対応し、社会人として自立していくことができるようにする教育が強く求められています。

 

令和2年9月23日 読書の秋

読書の秋

秋といえば、スポーツの秋、食欲の秋、芸術の秋、読書の秋と、様々な秋が思い浮かびます。あなたはどの秋が好きですか。秋は、暑さが落ち着き、集中力が高まり、読書を好む人にとっては最適な季節です。

「灯火親しむべし」、これは、中国唐時代の詩人韓愈(かんゆ)の作品「符読書城南」にある一節です。「秋の夜長は灯火の下で読書するのがふさわしい」という意味で解釈されています。日本では、夏目漱石が明治時代に発表した小説『三四郎』の中でこの詩を引用したのが「読書の秋」の所以といわれています。

まだまだ学校では、図書室で本をゆっくりと読むことはできませんが、学校の図書室にはたくさんの本があります。是非、気に入った本を見つけて秋の夜長を読書で楽しんでみてはいかがでしょう。

でも、なかなか読書の習慣がない人もいます。そんな人には、次のことがお薦めです。

1 自分の好きなジャンルから選ぶ

  推理小説、SF小説、歴史、サイエンスなど、自分の好きなジャンルを選んで読んでみましょう。

2 自分好きなジャンルが見つからない

  「読もう」という気持ちはあるけど、何を読んだらいいのかわからない人は、タイトルを見て面白うそうなものを選ぶとか、まずは短い本からチャレンジしてみるというのも一つかもしれません。

3 本を読む目標を決めましょう

  「1日に10ページ読むようにする」とか、「1日に10分読む」なんてことでもいいと思います。まずはやってみましょう。

4 面白かったことを誰かに伝えよう

  読んだ本が面白かったら、多くの人が誰かに伝えたい気持ちになります。是非、読書仲間を作って本の内容の共有を図るのもいいと思います。教えてもらった人も、その本が読みたくなるかもしれません。

 

令和2年9月18日(金) 読解力について

読解力の低下について

2018年に実施されたOECD生徒の学習到達度調査の結果によると、読書を肯定的にとらえる生徒や本を読む頻度が高い生徒のほうが、読解力が高いことがわかりました。本の中でもフィクション、ノンフィクション、新聞をよく読む生徒の読解力の得点が、国際的に高い傾向にありました。日本の結果は、79か国・地域のうち、「読解力」は15位と過去最低となりました。調査結果の分析によると、日本の生徒の正答率が比較的低かった問題には、テキストから情報を探し出す問題やテキストの質と信憑性を評価する問題などがありました。また、読解力の自由記述形式の問題において、自分の考えを他者に伝わるように根拠を示して説明することに引き続き課題がみられました。

国立情報学研究所教授・同社会共有知研究センター長の新井 紀子は、著書「AIに負けない子どもを育てる」(東洋経済新報社)の中で、「意味を理解して読むことができない」という現象が想定外に広がっていると、また、「教科書を生徒が読めるのか」という問題意識を持たず、「真剣に読もうと思えば、読めるはず」と思い込んで、見過ごしてきたと指摘しています。中高生に「あなたは教科書が読めていますか?」と尋ねると、8割以上の生徒が「はい」と答えます。多くの場合「文字が読める=読める」と思っています。正確に読むとは、そう簡単なことではなく、それが読めるかどうかで人生が大きく左右されます。基礎的・汎用的読解力を身につけて中学校、高校を卒業させることが21世紀の公教育の果たすべき役割の「一丁目1番地」だと。

国立情報学研究所を中心とした研究チームが、大学入試を突破する人工知能(AI)の研究を通して開発した基礎的読解力を測定するためのRST(リーディングスキルテスト)があります。これは、「日本語のルールに従って教科書の文章を読むことができない生徒がいるのではないか」という仮説からスタートした「基礎的な読む力」を測るテストです。教科書などの文章に書かれている意味を正確にとらえ、新しい知識を身につけるために必要な「骨太の読む力」を科学的に測定・診断します。「よく問題を読んでごらん」と指導をしても腑に落ちない顔をしている生徒が相当数います。やる気がないのではなく、教科書を読めていないのかもしれません。
  RSTには、例えばしたのような問題があります。※体験版 

アミラーゼという酵素はグルコースがつながってできたデンプンを分解するが、同じグルコースからできていても、形が違うセルロースは分解できない。

この文脈において、以下の文中の空欄にあてはまる最も適当なものを選択肢のうちから1つ選びなさい。

 

 ・グルコースからできているのは、デンプンと(   )である。

   ①セルロース   ②アミラーゼ   ③酵素   ④形
                                         答え ①

学校において読解力の涵養に資する教科は国語です。小学校段階における国語教育は極めて重要で、人間関係形成の能力としての「話す」「聞く」「話し合う」の力を確実に育成することが求められています。この時期には、「読む・書く」の「繰り返し練習」により国語の知識を確実に身につけさせ、あらゆる知的活動の基盤となる国語力の基礎をしっかりと築くための授業改善が求められています。

 

令和2年9月17日(木) 掃除について

清掃活動

給食を食べ、昼休みをはさんで掃除の時間です。子どもたちはそれぞれに割り振られた掃除場所に移動して、清掃活動に入ります。掃除場所は、教室、廊下、階段、トイレ、体育館、図工室や音楽室などの特別教室です。清掃活動の時間は先生たちも子どもたちと一緒に行います。とにかく、一生懸命に取り組む子が多く、わたしも時々ですが、掃除場所をまわると、頑張っている子どもたちの姿に感動します。あいさつも掃除も進んで取り組むことができるうちの子は素晴らしい子どもたちです。一人ひとりの行動がみんなのためになっています。
    

海外の国々では、子どもたちに清掃活動をさせるところは多くありません。日本では、毎日一定の時間を定めて清掃活動を大切な教育活動の一環として取り組まれています。学習指導要領では、「清掃などの当番活動や係活動等の自己の役割を自覚して協働することの意義を理解し、社会の一員として役割を果たすために必要となることについて主体的に考えて行動すること」とあります。清掃活動を行う意義は、

  学級や学校の生活の向上に貢献したりする喜びを実感すること

  所属する集団や地域の中でその一員として責任や役割を担うこと

と、清掃を通じて奉仕活動への意識やその喜びを体感できます。また、集団活動の大切さを学ぶ良い機会にもなっています。

少し前ですが、2018年ロシアで開催されたサッカーワールドカップ、惜しくもベスト8進出にはなりませんでした。しかし、海外のメディアから、代表チームを支えるサポーターがいつも試合後に自分たちがいた場所を掃除してからスタジアムをあとにしていたことが称賛されました。実はこのことは、1995年に開催されたワールドカップメキシコ大会の予選大会から始まっています。韓国戦敗退後、韓国人サポーターがスタジアムのゴミ拾いをする姿を目撃した日本人サポーターが「サッカーでもサポーターとしても負けた」と感じたのがきっかけです。そして、応援に使用する青いごみ袋に、試合後はゴミを集めるサポーターの姿がスタジアムの観客席で見られるようになったのです。海外各国のサポーターも日本人サポーターにならってゴミを集めるようになり、2018年に開催されたFIFAワールドカップロシア大会では、日本人サポーターにならって複数の国のサポーターがゴミ拾いをする姿が報道されました。

日本人サポーターのゴミ拾いの姿が高く評価され、海外のサポーターへと清掃活動の輪が広がっていくのは素敵なことです。これも日本人は小学校の頃から、掃除の習慣を身につけていたからでしょう。
 

令和2年9月15日 絵本「かわいそうなぞう」から

絵本「かわいそうなぞう」から

14日()の3時間目、2年生の教室をのぞくと、絵本「かわいそうなぞう」を題材に授業をしていました。「かわいそうなぞう」の読み聞かせから、殺される象に焦点を当てて、生命の大切さを考えるとともに戦争の悲惨さを子どもたちは、子どもたちなりに真剣に考えていたようです。

「かわいそうなぞう」は、終戦間近の昭和20年、空襲をうける東京で、市民の安全のために動物たちを殺さざるを得なかった上野動物園の飼育係を描いた実話に基づく物語です。物語のあらすじは、第二次世界大戦が激しくなり、毎日のように東京には爆弾が雨のように振り落とされます。爆弾で動物園の檻が破壊されたとき、猛獣が逃げ出して暴れてしまうということでライオンやトラ、ヒョウ、クマが殺されます。残すはゾウのジョン、トンキー、ワンリーだけになってしまうのです。3頭のゾウに毒の入った餌を与えるのですが、賢いゾウは餌を吐き出してしまい、その後は毒餌を食べなくなります。毒を注射しようにも、象の硬い皮膚に針が折れてしまうため、餌や水を与えるのを止めて餓死するのを待つことになります。ゾウたちは餌をもらうために必死に芸をしたりするのですが、順に餓死してしまいます。

子どもたちは、「かわいそうなぞう」のタイトルから何がかわいそうなのかを想像し、このお話を聞きました。子どもたちは、殺された象の気持ちになって「かわいそう」「くるしい」「かなしい」といった感想を発言していました。「どうしてぞうが死んだのか」「どうして死ななければならなかったのか」と、いつも、ものが言えない動物たちや弱い立場にあるものが戦争の犠牲になることを学ぶ機会となりました。

  

 

令和2年9月11日 鴻池の子はあいさつが得意

鴻池の子はあいさつが得意
 うちの子(鴻池小の子どもたち)は挨拶がとっても得意です。朝、門のところに立っていると、「おはようございます!」と、わたしよりも先にする子どもがいっぱい。こちらからあいさつを返すと、また「おはようございます」と、何度もあいさつをしてくれます。中には、遠くの方から手を振って大きな声であいさつをする子や、きちんと立ち止まってお辞儀をしてあいさつをする子、被っている帽子をわざわざ取ってあいさつをする子やどの子もあいさつが得意です。
     

あいさつは、よい人間関係を築くためには、欠かせないとっても大切なものです。あいさつはコミュニケーションの基本です。大人でも子どもでもコミュニケーションがうまくいかなくて、誤解を生じることがあります。まずは、あいさつからです。それができている子どもたちはとっても素晴らしい子どもたちです。

わたしも小学生のときには、近所の人に出会ったときや知り合いの人に出会ったときには、あいさつだけはきちんとしなさいと両親から教えられました。勉強ができても運動ができても、あいさつができなければダメと教えられたものです。

あいさつは、自分の心を開いて、相手に近づくことだと思います。「わたしはここにいるよ」と、そして、あいさつが返ってきたときには、自分の存在を認めてくれたのだとうれしくなります。でも、あいさつが返ってこないときもあります。そんなときは、ちょっと悲しくなるのは誰でも同じです。あいさつは、人と人との心をつなぐ架け橋となります。「あいさつは魔法の力」です。いつでも、どこでも、自分から先にあいさつができることが大切です。

   次の詩は「あいさつは魔法の力」という詩の一節です。

「あいさつは魔法の力」             

    ちょっと勇気がいるけれど    
    思い切って声を出してみよう  
    あいさつは魔法の力       

    朝は“おはよう”で いい気分  

    ほらこんな風に          

    世界中に大きな声で

    おはよう「グッドモーニング」

    こんにちは「ハロー」

    ほらこんな風に
 

令和2年9月10日(木)3年生「夕日が背中を押してくる」

3年生 夕日が背中を押してくる

3年生は、国語科の学習で詩「夕日が背中を押してくる」の学習をします。

暗くなり始めた夕方、沈んでゆく夕日を擬人化し、夕日があたかも「もうすぐ暗くなるから、早く帰りなさいと」とでっかい声で子どもたちに呼びかけているようです。子どもたちも負けじと「そんなに急かすな」と太陽(夕日)に向かってどなります。子どもたちの様子が容易に想像でき、温かい気持ちにしてくれます。感じ方は人それぞれですが、阪田寛夫さんの詩は情景を豊かにしてくれます。
 

また、阪田寛夫さんは、有名な童謡の詩を数多く作られています。「ねこふんじゃった」「サッちゃん」「おなかのへるうた」「いいやつ見つけた」等々、多くの方がきっと聞いたことがあると思います。
      


 

令和2年9月7日 台風10号

台風10号

9月1日()、小笠原近海で発生した台風10号(ハイシェン)。記録的に暖かい海水温の影響で猛発達し、近年にない勢力で日本列島に接近してきました。台風10号は、6日夜遅くから7日明け方にかけて、大型で非常に強い勢力を保ったまま九州の西の海上を北上しています。今後も北上を続け、午前中にも朝鮮半島に上陸するおそれがあります。日本付近からは離れていきますが、昼頃にかけては九州や中国地方では暴風域に入る所があるため、外に出るのは危険な状況が続くようです。近畿地方も中部や南部を中心に広い範囲で雨が降る見込みで、大気の状態が不安定となり、局地的に雷を伴った激しい雨の降る恐れがあるようです。伊丹市でも午前4時4分に暴風警報が発令され、学校も休校となりました。外は晴れていても台風の影響で急に天候が変化する可能性があるため注意が必要です。

暑さがいつまで続くのか気になります。19日は秋の彼岸入りです。よく「暑さ寒さも彼岸まで」と言われますが、今年は、この言葉どおりにはいかないようで、長期予報によると、暑さが続くようです。

秋の訪れをいち早く知らせてくれる「秋の七草」。2年生の掲示板に「みんな覚えられるかな」と、「秋の七草」を紹介しています。「秋の七草」は万葉集に収められた山上憶良の和歌が起源で、春の七草よりも古いものだそうです。

秋の野に 咲きたる花を指折り かき数うれば 七種の花 (万葉集 巻八 )

萩の花 尾花 葛花 瞿麦の花 姫部志 また藤袴 朝貌の花 (万葉集 巻八)

春の七草は七草粥に象徴されるように、長い冬の終わりに新芽の滋養を食し、無病息災を祈願するものです。これに対して秋の七草は、冬に向かう前に咲き誇る花の美しさを愛でるものです。
       

 

令和2年9月3日(木) 「備えあれば憂いなし」

「備えあれば憂いなし」

2日()の5校時終了後、雨が降る中でしたが全校児童一斉下校訓練を行いました。台風の接近により、気象警報が発令された場合を想定し、緊急一斉下校の仕方を確認します。各学年で自然災害についての学習をしたあと、一斉下校を行いました。一斉下校では、実際の時を想定して、安全担当の先生たちが通学路の安全確認を行います。また、各通学路のポイントに立って、安全確認を行うとともに子どもたちの見守りも行います。子どもたちは、8つのコースに別れて、遠いコースから順に下校していきました。
   

「天災は忘れた頃にやってくる」とはよく聞く言葉です。この言葉を言い出したのは物理学者の寺田寅彦さんであると言われていますが、正確なところはわかっていないそうです。しかし、これに相当する発言がいろいろと残されているそうです。いずれにしましても、災害直後の緊張感や心構えを忘れることを戒める言葉です。近年はゲリラ豪雨が頻繁に発生することもあり、水害が増えています。新型コロナウイルスの感染拡大後初の大規模災害となった今年7月の九州豪雨では、九州、中部、東北地方をはじめ、広範な地域において、多くの人命や家屋への被害のほか、ライフライン、地域の産業等にも甚大な被害をもたらしました。

災害は、「いつ」「どこで」起こるかわかりません。日頃から緊急時、非常時に常に備えておく、備えあれば憂いなしです。

 

令和2年9月2日(水) 「あいさつ」

「あいさつ」

1学期の終業式には、「ひとみ輝き 笑顔あふれる学校」にするために、3つのお願いをしました。その一つ目が「気持ちのよいあいさつをしましょう」です。

朝、いつものように門のところに立っていると、遠くの方から大きな声で「おはようございます」と笑顔で、一人だけではありません。たくさんの子どもたちがわたしのあいさつよりも早く、しかも笑顔であいさつをしてくれました。子どもとあいさつでつながる瞬間を感じた気がしました。「あいさつ」というのは、早い者勝ち。「自分から」というのが一番大事だと思っています。「おはようございます」とあいさつをされて悪い気のする人はいません。でも、自分からあいさつしても、もしかしたら相手はしてくれないかもしれない・・・」と考えると、ちょっと勇気がいります。それが身近な人だと照れがあり、地域の人だと「あんまり知っている人じゃないから・・・」といった不安もあります。でも、そんなとき、勇気を出すことが大切だと思います。

昨日、笑顔であいさつしてくれていた人が、今日は少し暗い表情だったり、少し小さな声になっていたり、帽子をとってくれなかったり。

そういう時、いろいろ考えてしまいます。「今日はあいさつする気分じゃないのかな」、「昨日お母さんに叱られたのかな」、「友達とケンカしてしまったのかな」、「宿題を忘れたのかな」、「それとも他に何かあったのかな」と、次々想像してしまいます。

でもいつも優しい笑顔を続けてくれる人もいて、心の中で「なかなかやるな」と感心しています。それは、自分の心をコントロールする力を持った人だけができることだからです。そして、その人とあいさつを交わすのが毎朝楽しみですし、その笑顔を見ると今日も頑張ろうという気持ちになります。人間って単純です。

良いことでも続けるのは難しいのですが、続けるためには2つのコツがあります。

1つは、「三日坊主でもかまわない」ということ。三日間しか続かないで四日目にできなかったとしてもかまわないのですが、もう一度始めることです。つまずいてこけてしまって、倒れたままの人はいません。もう一度立ち上がって歩けばいいのです。倒れるのは仕方ないことです。大切なことは、もう一度立ち上がること。また、倒れても構いません。また起き上がればいいだけです。

2つ目は、「つまらないと思えることでも、一生懸命にしていると楽しくなる」ということです。あいさつでも、掃除でも、勉強でも、強制されて嫌々していると全然楽しくありません。どうせするなら、一生懸命、本気でやっているうちに楽しくなってきます。

 

あいだ みつをさんの「本気」という詩を紹介します。


  「本気」

 なんでもいいからさ  本気でやってごらん

 本気でやれば  たのしいから

 本気でやれば  つかれないから

 つかれても つかれが  さわやかだから

 

令和2年9月1日(火) 2学期スタートの日

令和291日 2学期スタートの日

今日から2学期です。夏休みが明けてからの登校期間は、90日もあります。気持ちも新たに、コロナとうまくつきあいながら学校生活を送らなければなりません。マスクの着用とこまめな手洗い、そして、3つの密を避け、学校生活を送りましょう。

さて、今日91日は、何の日か?今日は「防災の日」です。1923年のこの日、関東大震災が起こりました。マグニチュード7.9の大地震は、近代化した首都圏を襲った唯一の巨大地震でした。神奈川、東京、千葉を中心に関東の広範な地域に被害をもたらせました。ちょうど昼食準備の時間帯だったため、直後から大規模な火災が発生し、更に被害を拡大させました。また、1959926日の「伊勢湾台風」によって、戦後最大の被害を被ったことが契機となって、地震や風水害等に対する心構え等を育成するため、1960年に「防災の日」が創設されました。

2学期、台風の発生とともに日本への上陸が多くなる季節です。明日、92日は、一斉下校訓練を実施する予定です。台風の接近により、気象警報が発令された場合を想定し、緊急一斉下校の仕方を確認します。各学年で自然災害についての学習をしたあと、一斉下校を行うこととしています。また、当日には、安全担当の先生方は、各通学路のポイントに立って、安全確認を行うとともに子どもたちの見守りを行います。

東日本大震災では、学校管理下において児童等が迅速に避難できた学校があった一方、避難の判断が遅れたり、引き渡し後に自宅や帰宅途中で犠牲になったりした子どもたちが多いと伝えられています。自然災害では、想定を超える災害が起こる可能性が常にあり、自ら危険を予測し回避するために、習得した知識に基づいて適切に判断し、迅速な行動をとることができる力を身につけさせることが必要です。

 

令和2年8月31日(月)1学期終業式校長講話

令和2年度 1学期終業式校長講話

今日は、夏休みをはさみましたが1学期終業式の日です。1学期は、54日間ありましたが今日で1学期を終了する節目の日です。新型コロナウイルスの影響で、4月からの約2ヶ月、皆さんは各家庭で、友だちとも遊ぶことができず、自分で考えて学習に取り組まなければなりませんでした。本当によく頑張りました。6月から、密を避けるための分散登校が始まりました。なかなか学校へ通うリズムが作れなかった人も多かったと思います。615日から通常登校になりましたが、これまでとは違った新しい生活様式(3つの密(密接、密閉、密着)を避け、マスクをする、こまめな手洗い)の中での学校生活となりました。これまで当たり前のようにしてきたこと、遠足や修学旅行、自然学校、委員会活動、クラブ活動、友だちと肩を組んだり話をしたり、雑談をしながらの給食など、できなくなりました。これまで誰もが想像できなかった事態の中、みなさんは、本当によく頑張りました。

9月1日からは、2学期です。Withコロナでマスクの着用とこまめな手洗い、そして、3つの密を避け、学校生活を送っていかなければなりません。そして、新たなスタートを切るにあたって、しっかりと自分自身の目標を立ててください。

先生たちは、鴻池小学校のみなさんが「ひとみ輝き、笑顔あふれる学校」にしたいと考えています。そのために、3つのお願いがあります。

1つ目は、気持ちのよい挨拶をしましょう。多くのみなさんは、とっても気持ちのよい挨拶ができます。毎朝、門のところで校長先生が立っていると、校長先生よりも先に挨拶ができる人がいっぱいいます。そして、何よりも笑顔で挨拶のできることが素晴らしいです。挨拶に、大人も子どももありません。みんなが取り組まなければならないことです。挨拶は人と人とがつながるための基本です。はじめて出会った人に本題から入る人はいません。最初にすることは、挨拶です。

2つ目は、規則正しい生活をしましょう。コロナウイルス感染症の対応のためにこまめな手洗いはもちろんのことですが、「早寝・早起き・朝ご飯」の習慣をつけて、病気に負けない体を作ることは大切なことです。規則正しい生活は、熱中症にも負けない体を作ります。

3つ目は、失敗を恐れずいろいろなことにチャレンジしましょう。やらずに後悔するよりも、やって後悔をする方がいいと校長先生は思っています。アメリカの発明王エジソンは「失敗すればするほど、我々は成功に近づいている」と、エジソンは、生前、数えきれないくらい失敗の連続だったそうです。でも失敗にめげず、挑戦を繰り返したことで、成功を導くことができたそうです。「不可能は、いつかは誰かが可能にする。ならば、その誰かになれ」できないとあきらめることなく、最後までチャレンジできる子になってください。

それでは、明日からは2学期です。みんなで「笑顔があふれる学校」にしていきましょう。

 

令和2年8月27日(木) 「いきいきとした教室」

令和2827() 「いきいきとした教室」

阪神教育事務所からスーパーティーチャーの来校です。若い先生方は、経験豊富な熟練した指導方法を身につけたスーパーティーチャー(教員OB)に、授業を参観していただきました。以前は、学校のベテランと言われる先生の授業を見て、TTP(徹底的にパクる)したものです。また、ベテランの教師の引き出しの多さに驚かされ、まねをしようと努力もしました。近年、学校では、ベテランと呼ばれる先生も少なくなり、若い先生が増えてきたこと、仕事の多忙か、教える内容が増えたことなど、なかなか自分から学ぶ機会が減っているように思われます。そのような中ですが、先生方は、スーパーティーチャーに積極的に授業を参観してもらい、よりよい授業のあり方について指導を受ける機会があります。いわゆるOJTです。授業をする上での必要となる知識やノウハウを実践形式で教えを受けることができます。
  

教師は学校で育ちます。子どもたちの学びと教職員の学びが何よりも尊重される文化を持つ学校が育ちます。教師は教える専門家であると同時に学びの専門家でなければなりません。

大村はま(19062005)さんは、「日本の教師に伝えたいこと」(筑摩書房)の中で、若い教師の話として、「わたしは新卒で、まだ何もわかりませんが、子どもが大好きです。愛情があります。熱意もあります。この気持ちで先生の仕事をやっていきます」というようなことがあります。大村はまさんは、もう一人前の教師になったのですから、考えてほしいと思うことがあります。子どもが大好きも、愛情がありますも、熱意がありますも、これは教師特有のものではないということです。人間誰もが持っているもので、大人として、子どもがかわいいと思おうことはごく当たり前、どんな仕事をするにしても熱意は必要なことだと言っています。では、教師という仕事は何をすることなのか。教師は学力をつける人、学力を養う技術を持った人、いい人だけでは、職業として成り立ちません。学校は、学力を養う専門の場所であり、教師はそこを職場とする専門職であることを忘れないでほしいと。また、「指導する」ことについて、子どもから出てくることばかりに気を取られて、教えるべきことを教えず、指導が疎かになってきているとも言われています。学校は教えるところであり、教わり、学ぶところです。学校が教えるべきことを教えないで子どもはどこで学力をつけたらいいのでしょうか。

「いきいきとした教室」をつくりたいと思うのは、教師の願いです。「いきいきとした教室」とは、単なる明るい教室とか、元気のいい学級とは違います。「いきいきとした教室」とは、一人ひとりが確実な成長を感じる教室のことであり、教師自身も自分の成長に実感がなくては、いきいきとした指導ができません。昨日よりも今日、今日よりも、明日と。安易に流されず、なんとか済ますのではなく、人を育てる本当の仕事を見つめ、力を尽くしていかなければなりません。「いきいき」というのはそういうところから出てくるのでは。

 

令和2年8月25日(火)特別の教科 道徳授業

道徳授業

4年1組の担任による道徳科校内ICT公開授業を行いました。本授業の目的は、2点あります。まず一点目は、コロナウイルス感染症が拡大したときのために、スクールタクトを活用して、教員一人ひとりがオンラインによる学習が可能となることを目的としています。もう一点は、道徳の教科化に伴い、道徳の授業を公開することで、教員の専門性としての資質を高めることにあります。

今回の教材は「『正直』五十円分」(内容項目「A主として自分自身に関すること(2)正直誠実)です。教材のねらいは、お釣りを返そうと決めた兄弟の心の動きを共感的に理解することを通して、正直であることのよさに気づき、明るい心で伸び伸びと生活する動的態度を養うことにあります。

さて、授業に使われた教材「『正直』五十円分」についてですが、簡単にあらすじを紹介すると、たこ焼き屋のおっちゃんからお釣りを多く渡されたたけしが、悩んだあげく正直にお釣りを返しに行くというお話です。はじめに、子どもたちに『正直』という言葉から来るイメージから入っていきました。子どもたちは、「嘘をつかない」、「礼儀正しい」、「隠さない」、「誤魔化さない」といったイメージを持っています。そして、教師による範読を聞いて、たこ焼き屋のおっちゃんからお釣りを多く渡されてときに黙ってたこ焼きを食べているときの気持ちを、顔の絵で表現します。この課題はスクールタクトで送られてきます。
    

次に、正直に50円を返した後に、たこ焼き屋のおっちゃんからもらったたこ焼きを食べているときの気持ちを、顔の絵で表現します。これも同様にスクールタクトで課題が送付され、描いた絵をみんなで共有することができます。
      

最後に、どちらのたけしが、すてきかを考えます。全児童が、正直に50円分のたこ焼きを食べるたけしがすてきと答えます。ここで、本当に考えなければならないことは、誰にでも甘えてしまう弱い心と、それはいけないことだという強い心が存在します。正直に返したたけしの心の中の葛藤はどんなのだったか、その中からたけしの行動の素敵なところを考えることが大切だったのかなと感じました。
    

 

令和2年8月21日(金) 「特別の教科 道徳」

「特別の教科 道徳」

新しい学習指導要領が令和2年度から小学校では完全実施となりました。大きな変更点としては、外国語が小学校56年生から教科となり、道徳も教科され、プログラミング教育が導入されたことです。今回、道徳の教科化について触れると、学習指導要領の改訂以前は、地域によって、取り組みに差が生じているという実態や、いじめや青少年の自殺が大きな社会問題となっていていることなどが背景にあり教科化されました。小学校では平成30年度から道徳の授業は「特別の教科 道徳」という位置付けになり、教科書も作られました。

学習指導要領には、「道徳教育は、教育基本法及び学校教育法に定められた教育の根本精神に基づき、自己の生き方を考え、主体的な判断の下に行動し、自立した一人の人間として他者と共によりよく生きるための基盤となる道徳性を養うことを目標とする」と道徳教育の目標が示されています。そして、「よりよく生きるための基盤となる道徳性を養うため、道徳的諸価値についての理解を基に、自己を見つめ、物事を多面的・多角的に考え、自己の生き方についての考えを深める学習を通して、道徳的な判断力、心情、実践意欲と態度を育てる」と、次に道徳科の目標が示されています。次代を担う子どもたちの道徳性を養うことが求められています。

また、内容項目については、いじめの問題への対応の充実や発達の段階をより一層ふまえた体系的なものとする観点から、改善が図られています。小学校から中学校までの内容の体系性を高めるとともに、構成やねらいを分かりやすく示して指導の効果を上げるなどの観点から、それぞれの内容項目に手掛かりとなる「善悪の判断,自律,自由と責任」などの言葉を付記されています。

改善のポイントは、まず、「発達の段階に応じ、答えが一つではない道徳的な課題を一人ひとりの児童が自分自身の問題と捉え、向き合う『考える道徳』、『議論する道徳』への転換を図る」、と示されています。次に「指導する教師一人ひとりが、質の高い多様な指導方法へと指導の改善を行う」、と示されています。質の高い多様な指導方法の例として、「読み物教材の登場人物への自我関与が中心の学習」、「問題解決的な学習」、「道徳的行為に関する体験的な学習」が示されています。

道徳教育の目標は、「よりよく生きるための基盤となる道徳性を養うこと」にあり、自己を見つめ、物事を多面的・多角的に考え、自己の生き方についての考えを深める学習を通して、道徳的な判断力、心情、実践意欲と態度を育てることを教科の目標としています。
 このようなことを踏まえて、タブレットを活用した道徳科の授業(内容項目「A主として自分自身に関すること(2)正直誠実)を校内で公開授業を行うことになっています。

 

令和2年8月19日 学びの共同体

学びの共同体

夏休みが明けて、1学期の後半がスタートし、引き続き9月1日からは、2学期がスタートします。2学期が終了するまでの90日間という大変長いスパンとなります。熱中症対策をはじめ、コロナウイルス感染症への対応等を進めながらも、子どもたちの学びを保障し、教師の専門性を高めていく必要もあります。

学びの共同体の学校改革は、「21世紀型の学校」を実現する改革であると、学習院大学文学部教育学科特任教授である佐藤学先生が言われています。

「学びの共同体」は、学校改革のビジョンであり、哲学である。なぜ学校を改革するのか。学校が果たすべき中心的な責任は「特色ある学校」をつくることだろうか。学校改革の中心目的は、「学力向上」だろうか。「国際社会に打ち勝つ人材の育成」だろうか「優れた授業の創造」だろうか。そうではないだろう。学校の公共的な使命と責任は、一人残らず子どもの学ぶ権利を保障し、その学びの質を高めることにある。学びの共同体における学校のビジョンとは、子どもたちが学び合う学校であり、教師たちも教育の専門家として学び育ち合う学校であり、さらに保護者や市民も学校の改革に協力し参加して学び育ち合う学校のことである。

子どもの学ぶ権利を実現し、教師の専門家としての成長を保障し、保護者の信頼を形成する学びの共同体のビジョンを成立させるのは、対話的コミュニケーション、聴き合う関係の構築に他ならない。

学校に求められる役割の拡大に伴い、教員には、「主体的・対話的で深い学び」の実現に向けた授業の改善や新たな教育課題への対応、いじめ・不登校等への対応強化など教育環境の充実への対応が求められています。教員の専門性が求められる業務に一層注力できるよう、教員以外の職員が担うことができる業務やより効率化を図ることができる業務について、積極的に整理・工夫を推進する必要があります。

 

令和2年8月17日 75回目「終戦の日」

75回目「終戦の日」

815日、75回目の「終戦の日」を迎えた。1945815日正午、昭和天皇はラジオを通じ、日本の降伏を国民に伝えました。満州事変から日中戦争、太平洋戦争へと拡大した戦争は15年に及びました。政府によると、日本の戦没者は軍人・軍属230万人、民間人80万人。アジア・欧米諸国にも多くの犠牲をもたらしました。

戦後75年の節目の年です。「戦後75年」「終戦75年」という言葉を、新聞やテレビ等で見聞きすることが多くなってきました。戦争の悲劇を二度と繰り返さないために、私たちは、過去の歴史を振り返り、平和の大切さ、命の尊さについて伝えていかなければなりません。NHKが全国の18歳、19歳を対象に世論調査を行いました。その中で、「今、日本が平和だと思うか」聞いたところ、「思う」が74%、「思わない」が25%でした。「平和だと思う」と答えた人に、その理由を尋ねたところ、「戦争をしていないから」が50%、次いで、「治安が良いから」が41%などとなっていました。「平和だと思わない」と答えた人に、理由を尋ねたところ、「戦争やテロに巻き込まれる危険があるから」が58%、「貧富の格差が大きいから」が13%などとなっていました。また、「現在の世界の情勢から考えて、日本が戦争やテロに巻き込まれたり、他の国から侵略を受けたりする危険性がどの程度あると思うか」聞いたところ、「非常に危険がある」が29%、「ある程度危険がある」が62%、「あまり危険はない」が8%でした。一方、「戦争を実際に体験した人から直接、戦争に関する話を聞いたことがあるか」尋ねたところ、「聞いたことがある」が76%、「聞いたことはない」が24%でした。そして、「日本が終戦を迎えた日を知っているか」聞いたところ、「知っている」が86%、「知らない」が14%でした。さらに、「広島と長崎に原爆が投下されたことを知っているか」尋ねたところ、「知っている」が99%でした。「日本が核兵器を保有してもよいと思うか」尋ねたところ、「保有してもよい」が14%、「保有すべきではない」が86%という結果がでてきました。

平和な現代の日本に生きる私たちにとって、戦争ははるか昔の出来事となっています。終戦から75年。総務省の人口推計によると、「戦後生まれ」は2020年に総人口の86%を超えました。昭和から平成、令和と時代が移り、戦争を知る世代が減っていく中で、戦争を知らない私たちができることは、戦争の悲惨さを学び、考え、平和への願いを引き継いでいかなければならない。

 

令和2年8月11日(火) 甲子園高校野球交流試合開幕

甲子園高校野球交流試合開幕

10()2020年甲子園高校野球交流試合が開幕しました。新型コロナウイルス感染症の影響で、第92回選抜高校野球大会が中止となり、選抜出場予定の32校の高校球児は涙で頬を濡らしたことでしょう。それが、1試合限定とは言え、コロナ禍に見まわれた高校球児にとっては、甲子園という夢舞台に立つことができた。開会式で、交流試合の実行委員長の八田英二日本高野連会長が、「皆さんは、試合が終われば『ありがとう』という言葉を口にされるでしょう。『ありがとう』の反対語は『あたりまえです』、これまでまわりの方々の心配りや手助けは、あたりまえではなく奇跡というべきものです」と述べられた言葉が印象的でした。『ありがとう』という言葉は、『有難し』という言葉から由来して、「滅多にない」「珍しくて貴重」という意味があります。私たちは、毎日の出来事を『あたりまえ』と思っていることが多いです。「学校へ行くのがあたりまえ」「学校で友だちと話しをするのがあたりまえ」「食事ができるのもあたりまえ」「みんなと楽しく遊ぶのもあたりまえ」と、今、このコロナ禍ではじめて、あたりまえのことがあたりまえでなくなり、あたりまえにできることへの感謝の気持ちを持つことができました。最後に八田会長は、「感謝の気持ちをあたりまえではなかったという言葉に込めるのです」と話されました。常に感謝の気持ちを忘れず、感謝の気持ちを相手に伝えてこそ、初めて感謝になります。「ありがとう」を心から言える格好いい人になりましょう。

そして、選手宣誓では大分商の川瀬賢斗、花咲徳栄の井上朋也両主将が「新型コロナウイルスとの闘いや、度重なる豪雨災害からの復旧、復興など厳しく不安な状況の中で、独自大会や交流試合の開催に再び希望を見いだし、諦めずにここまで来ることができた。一人一人の努力がみなを救い、地域を救い、新しい日本をつくります。創造・挑戦・感動。明日への勇気と活力を与えられるように、最後まで戦い抜くことを誓います」と。一球をひたむきに追いかける全力プレーすることを誓っていました。これまでの辛く厳しい状況の中で、感謝の気持ちを忘れずに頑張ってきた思いが、見ている人に多くの感動を与え、甲子園に万雷の拍手が鳴り響いた。

 

令和2年8月7日(金) 立秋

令和287() 立秋

今日、87日は、立秋です。6年生の子ども対をはじめ、この1学期、まだ続きますが、よく辛抱をして頑張りました。ようやく6年生の子どもたちも明日からは夏休みです。短い夏休みとなりますが、小学校最後の夏休みでもあります。たくさんの思い出とは行かないかもしれませんが、思い出を作ってください。

さて、立秋は、二十四節気のひとつで、この日から立冬の前日までが秋となります。毎日暑い日が続きますが、お盆明けには秋の気配が少しずつ感じられるようになります。この日から、季節の挨拶も暑中見舞いから残暑見舞いに替わります。とはいえまだまだ暑い盛りです。

立秋の日からいきなり秋になるのではなくて、秋の気配が立ち始める日ということです。太陽の傾き方や空の雲など、注意深く観察していると、夏雲の上に刷毛でさっと掃いたような「すじ雲」や魚のうろこのように見える「うろこ雲」、鯖の背中の模様に似ている「さば雲」、鰯の群れのように見える「いわし雲」など、見ることができます。これらの雲は秋に美しい景色を見せる秋の雲の代表選手です。その他、秋の気配を感じさせるものといえば、

古今和歌集には、「秋来ぬと 目にはさやかに見えねども 風の音にぞおどろかれぬる」と、立秋の日に詠んだ和歌があります。「秋が来たと、はっきりとその姿は目に見えないけれど、風の音で秋の到来にはっと気がついた」という意味だそうです。秋が来たと、風の音で気がつけるほど繊細な感覚をもてるよう、今年は、いろいろな変化に対応できるよう、アンテナを高くしておきたいものです。

 

令和2年8月6日(木) 広島原爆投下から75年

広島原爆投下から75

86日、原爆投下から広島は、75年を迎えました。

今年度の6年生は広島への修学旅行は,コロナウイルス感染症の対応のために叶いませんでした。例年であれば、6年生が修学旅行で広島の平和記念公園・資料館を訪れます。そして、被爆された方の話を聞いたり、原爆ドーム・資料館を見学したりします。事前学習の中では、平和セレモニーを行う平和公園内にある「原爆の子の像」の話についても学習をします。「原爆の子の像」は、原爆の犠牲となった佐々木禎子さんが亡くなって3年後に広島平和公園に建立されました。禎子さんは2歳のときに自宅で被爆しました。爆風で飛ばされましたが、外傷もなく、その後元気に成長します。しかし、小学校6年生のときに病に伏し、白血病と診断され広島赤十字病院に入院しました。入院中、「生きたい」という願いをこめて折り鶴を折り続けましたが、19551025日に亡くなりました。

6年生の子どもたちは、平和の象徴としての鶴を全児童に呼びかけて鶴を折ることの協力を求めます。自分たちが鴻池小学校の代表として「広島」に行く意味を学びます。広島では、「原爆の子の像」の前で6年生が中心となって全校生に呼びかけた千羽鶴を捧げ、一人ひとりが戦争のない平和な世の中を築いていくことを誓います。修学旅行へ行くことは叶わなかったですが、私たちには、二度と同じ過ちを犯さないためにも、原爆の怖さ、戦争の恐ろしさ、平和の大切さについて後世に伝えていく責務があります。そして、是非、修学旅行ではいけなかった広島へ行って、自分たちが学習してきたことを確認してほしいと願います。

「原爆の子の像」の前に設置された石碑には、

  これはぼくらの叫びです

これはわたしたちの祈りです

世界に平和をきずくための

 

と刻まれています。

 

令和2年8月4日(火) 校内研究会のすすめ

校内研究会のすすめ

『自ら考え、表現する子の育成-課題設定、話し合い活動、振り返りの充実-』を研究主題に、子どもたちが能動的(アクティブ)に学習できるよう研究を推進しています。

ご承知のとおり、『主体的・対話的で深い学び』の実現に向けた授業改善が今、求められています。子どもたちが能動的(アクティブ)に学び続ける「アクティブ・ラーニング」の視点から、「何を学ぶか」だけでなく、「どのように学ぶか」を重視して、学校の授業を改善しています。子どもたちが学んだ一つ一つの知識がつながり、「わかった」「おもしろい」と思える授業、周りの人たちと共に考え、新しい発見や豊かな発想が生まれる授業などを工夫して、子どもたちの資質・能力を育んでいかなければなりません。

本校では、桃山学院教育大学教授 今宮信吾先生の指導の下、研究を進めているところです。夏の研修では、「話す・聞く・話し合う」の系統性について、目の前にいる子どもの姿を思い浮かべながら協議しました。協議の中では、例えば「話す」ことについて、低学年では「大事なことが何かを考えて話せるようにさせたい」、中学年では「『~だからです。』とか、『~賛成(反対)です。』と理由をつけて話させたい」、高学年では「『~という事実があります。だからそれに対して~と考えます。』と、事実と感想、意見とを区別して話せるようにしたい」というような、今の子どもの姿から、育てたい子どもの育ちを考えた意見が交わされました。子どもたちの学びを豊かなものとするために、育てたい子ども像を明確にしながら、教員一人ひとりが自分の考えを出し合い、切磋琢磨しています。教員一人ひとりの力を高めるだけではなく、教員間のつながりを生み、学校の組織力を高めることにつながっています。

指導をいただいている今宮先生からは、「評価における3観点の『思考、判断、表現』の評価については、テストの点数だけで評価をするのは難しい。子どもの学力を「見える」ようにし、例えば、レポートや新聞といった完成作品やプレゼンテーションなどを「ルーブリック(評価指標)」という評価基準を使って評価することが大切になる」と指導をいただきました。また、系統性についても、子どもの姿を思い浮かべながら先生たちが考えることで、鴻池小学校オリジナルの「話す・聞く・話し合う」の系統表となり、実態に即したものとなっている。最後には、コロナ禍を踏まえた、今後の研究の方向性についても示唆いただきました。

子どもたちの持つ探求に対する内なる欲求を実現し、学びの充実を図るためには、授業改善の他ありません。そのことは、子どもたちの『確かな学力』を保障し、結果として『学力向上』につながっていくものだと考えます。

 

令和2年8月3日(月) 照ノ富士 復活優勝!

令和2年8月3日() 照ノ富士 復活優勝!

大相撲、7月場所「千秋楽」で元大関照ノ富士が復活優勝を遂げた。

2015年の夏場所以来30場所ぶりに2度目の優勝を決めました。両膝の怪我などで序2段まで番付を落としながらも、今回、優勝を決めました。優勝直後のインタビューで「続けてきてよかったなと思う。いろいろあったけど、こうして笑える日が来ると思ってやってきた。一生懸命やればいいことがあると思っています」と、涙をこらえて語っていました。照ノ富士は、両膝の怪我に追い打ちをかけるように糖尿病も患い、師匠の伊勢ヶ浜親方に何度も引退を考えていることを伝えたが、師匠から「まずは体を治してから」と引き留められたという。どん底からの這い上がっての優勝に「今は慎重に一つのことに集中してやってきた」と5年前のイケイケの時に優勝した(照ノ富士の言葉)の時とは違う喜びを味わった。    

表彰式で引退を慰留してくれた師匠から優勝旗を手渡された。「コロナで大変な状況が続く中で、どんな相撲を取りたいと考えていたか?」の質問に、「こういう時期なので、みんなに勇気と我慢を伝えたかった」と逆境を乗り越え優勝した照ノ富士が語った。

「ピンチを乗り越えられる力を持っている者にしか、試練は与えられない」、今場所の照ノ富士の相撲への取り組みを通して、何事にも逃げずに戦い続けることで乗り越えることができることや、試練を乗り越えたとき、多くの絆を手に入れ、その絆はよりいっそう確固たるものになることも教えてくれました。

  大相撲史に残る復活劇を成し遂げた照ノ富士、優勝おめでとうございます。
 

令和2年7月31日(金) 夏休み

  夏休み

文部科学省の調査によると、新型コロナウイルス対策の休校長期化の影響で、授業時間を確保するために夏休みなどを短縮すると回答した自治体が全体の95%ありました。兵庫県教育委員会によると、県内の小学校でも、授業時間を確保するため夏休みが短縮されています。神戸市の小学校で、7月23日から8月17日までの26日間となっています。このほか明石市や川西市、それに養父市など20の市や町では、8月8日から16日までの9日間となっています。多くの小学校が夏休み期間を16日間としています。

夏休みと言えば、お祭り、花火大会、キャンプや旅行、プールといった子どもたちがわくわくする夏休み。今年の夏休みはそういかないようで、少し寂しそうです。
 

     【5年生が育てている稲】

私自身の夏休みを振り返ると、待ちに待った夏休み、子どもながらに夏休みになると、ワクワクしたものです。8月も半ばを過ぎると、「あーもう終わりか」と悲しい気持ちにもなりました。それでも、夏休みになると、母の実家のあった静岡へ、海がとっても近くにあって一人でよく泳ぎに行って(本当は一人で行ってはいけないのですが)、お昼を食べるのも忘れて一日海辺で過ごしていました。5年生か6年生の夏休みの自由研究では、近くの駄菓子屋さんで、マブチモーターとタイヤを買って、家にあった木枠に取りつけて、ボディには、厚紙に絵を描いたものを貼りつけてプロペラで動く車を作りました。ちょっと兄に?ほとんどだったかな?手伝ってもらって、学校に持って行ったときには、ちょっと自慢の作品でした。いくつになっても小さかった頃のたくさんの夏休みの思い出はよみがえります。

保護者の皆さん、明日から始まる夏休み(1年生~5年生)、どうぞ子どもたちと2020年、コロナ禍の夏休みではありますが、楽しかったことも苦しかったことも、きっと子どもたちにとっては、大切な思い出の1ページです。このようなときだからこそ、前向きにポジティブにいきましょう。

 

令和2年7月30日(木) ステップ

 直木賞作家の重松清さんの作品『ステップ』が7月17日から映画で公開されています。重松清さんは、1999年に『ナイフ』で坪田譲治文学賞を、『エイジ』で山本周五郎賞を、2001年『ビタミンF』で直木三十五賞を、2010年『十字架』で吉川英治文学賞を受賞された作家です。テレビドラマ化された『流星ワゴン』や『とんび』では、家族にまつわる身近なことを、同様に映画化された『ステップ』でも残された家族のことを、そして、支える人の姿を鋭い視点で繊細に描かれています。私のお薦めの一冊は、さまざまな先生の姿と子どもたちの姿を表現した『せんせい』です。

『せんせい』には、『にんじん』、『泣くな赤鬼』他計6つの短編が載っています。この中で一番心に残ったのは『ドロップスは神さまの涙』です。小学校5年生の女の子が、同級生からいじめにあい、保健室登校が始まります。保健室には、1年生の男の子と怖くて嫌な保健のおばさん先生、その先生がぶっきらぼうにドロップスを手のひらにのせてくれる。自分がいじめにあっていることを認めたくない私と怖いと思っていた保健のおばさん先生が、本当は一番子どもの状況をわかってくれていた。本当の優しさって何だろうと考えさせる作品です。重松清さんは、あとがきで、「僕は教師という職業が大好きで、現実に教壇に立っていらっしゃる全ての皆さんに、ありったけの敬意と共感を示したいと、いつも思っている。けれど、僕は同時に、教師とうまくやっていけない生徒のことも大好きでもしも彼らが落ち込んでいるのなら『先生なんて放っときゃいいんだよ』と肩を叩いてやりたい」と書かれています。

先生の何気ない言葉が子どもの心を動かし、子どもの何気ない行動が先生の行動に変化を与えます。そして、最後に「僕たちは誰もが、一番身近な大人を「せんせい」と呼ぶ日々を過ごしてきた。僕はそれを、とても幸せなことだと思っている。イヤな先生もたくさんいたけどさ。あなたは、どうだろう」と、結んでいます。私自身を振り返ると、節目節目に多くの先生と出会い、自分の人生の方向付けをしてくれた、だから今があると思っています。そんな先生に憧れて!

 

令和2年7月29日(水) 朝顔

 朝顔

 1年生の子どもたちが大切に育てている朝顔。「ほら見て、朝顔が咲いたよ」とうれしそうに話してくれます。今にも花が開きそうなつぼみがいっぱいです。子どもたちは、毎日欠かさず水をあげています。これからたくさんの花が咲くのが楽しみです。
 

 さて、この朝顔、多くの方が小学校の1年生の時に、育てた経験があるのではないでしょうか。私ももちろん、経験しました。種を植えて、双葉が出てきたときの感動を今でも覚えています。そして、大きな本葉が顔を出し、さらにつるをのばしはじめます。どんな色の花が咲いたかは覚えていませんが、きれいな花が咲いたのを家に持って帰って大事に育てていました。夏休みの宿題には、葉っぱが何枚で花がいくつ咲いたと絵日記に記していました。今の1年生の子どもたちも、自分で育てたものが大きく生長していくその感動を誰かに伝えたくて、「見て、見て」と目を輝かせています。感動体験は、その後の人格形成に大きな影響を与えるといわれています。文科省でも、体験活動の意義について、「対象となる実物に実際に関わっていく「直接体験」のほか、インターネットやテレビ等を介して感覚的に学びとる「間接体験」、シミュレーションや模型等を通じて模擬的に学ぶ「擬似体験」があると考えられる。しかし、「間接体験」や「擬似体験」の機会が圧倒的に多くなった今、子どもたちの成長にとって負の影響を及ぼしていることが懸念されている。今後の教育において重視されなければならないのは、ヒト・モノや実社会に実際に触れ、かかわり合う「直接体験」である」としています。

 この夏、多くの感動体験を子どもたちが経験できるといいと思います。自然体験、芸術鑑賞などの文化的体験、物づくり体験など、さまざまです。是非子どもたちが目を輝かせて取り組む体験を、それが感動体験です。

 

令和2年7月27日(月) TOKYO2020 「プラス1」で…

TOKYO2020 「プラス1」で… 

新型コロナウイルスの影響で来年夏に延期された東京オリンピック。開幕1年前の23日に競泳選手の池江璃花子さんが国立競技場でアスリートの代表としてメッセージを発信しました。「世の中がこんな大変な時期にスポーツの話をすること自体、否定的な声があることもよく分かります。ただ、一方で思うのは、逆境からはい上がっていく時には、どうしても、希望の力が必要だということです。希望が、遠くに輝いているからこそ、どんなにつらくても、前を向いて頑張れる」、1年後の今日、この場所で希望の炎が輝いていてほしいとメッセージを送りました。

池江さんは、東京オリンピックを前にして白血病と診断され、オリンピックへの夢が立たれ、10か月に及ぶ闘病生活からこの3月に復活し、「どん底まで行った人間が、ここまで上がってきたという成長を、ちょっとずつでもいいから見せたい」と4年後のパリ五輪出場を目指しています。池江さんの困難と向き合う姿、逆境を乗り越える姿は、勇気を与え、希望を与える一言になりました。

この困難や逆境にうまく適応できる能力を「レジリエンス」といいます。「ピンチはチャンス」もレジリエンスの考え方の一つです。困難な状況を迎えた時、そこから何に気づき、何を学んで、何を得ることができるかを前向きに考えられるようになると、レジリエンスは高まります。人はいろいろなことに躓いたり、転んだりします。でも、転んでいつまでも転んだままの人などいないと、自分で立ち上がって前を向いていきたいものです。コロナ禍、「プラス1」未来志向でいきましょう!

 

令和2年7月22日(水) 小さな生き物の世界

5年生は理科の学習で、メダカの飼育を通して卵の発生や稚魚の成長について調べています。また、食べものとのつながりの中で、魚が食べている水の中の小さな生き物にも注目して、顕微鏡で観察する活動をしています。顕微鏡を使って、ミジンコの様子やメダカのたまごの様子を観察していましたが、なかなかピントが合いません。観察したいものはステージの上にあるのに、のぞき込んでも何も見えないと少しイライラ。「あっ、見えた!」とうれしそうに声を上げる子、そのうち、にわか博士も出てきてピントを合わせられない子の顕微鏡のピントを合わせて、少し自慢げに。「心臓がばくばく動いている」「たまごがくるくる動いている」など、小さな命に感動する瞬間でした。微生物学の父と呼ばれるレーウェンフック(1632年~1723年)も自分で作った顕微鏡で小さな生き物の世界を好奇心旺盛にのぞき込んだのでしょう。
 

私は小学校のとき、理科の授業が大好きでした。担任の先生が理科の時間になると特別な服(白衣)を着て、これから実験を行いますよという雰囲気で、子どもながらに、今日はどんな実験をするのかなとわくわくしたのを覚えています。子どもたちは観察や実験が大好きです。理科の醍醐味は、観察や実験にあるといっても過言ではありません。しかし、単に観察や実験を行っただけでは理科の学びにはつながりません。授業づくりにおいて、観察や実験に目的意識をもって取り組む学習活動でなければなりません。

 教科書の写真や絵では決して味わうことのできない感動を、子どもたちは顕微鏡観察を通して味わうことができます。
 

令和2年7月21日(火) ひまわり

学級園で育てているひまわりが初夏の日差しを受けてぐんぐん育っています。今年のひまわりは特に大きく、子どもたちの身長も抜いて、2階にとどきそうなほど大きく育っています。
 
 『ひまわり』と言えば『ゴッホ』。ゴッホの制作した「花瓶に挿された向日葵をモチーフとした油彩の絵画」は、ゴッホ芸術の最良期であるアルル時代の作品です。ゴッホにとっての向日葵は明るい南フランスの太陽、ひいてはユートピアの象徴であったと言われています。(ウィキペディアから)

また、ひまわりは、人権の花とも言われ、児童が相互に協力しながら花を育てることで、協力することの大切さを生きた教育として学び、やさしさや相手に対する思いやりの心をはぐくみ、生命の尊さを実感する中で、人権尊重思想をはぐくみ情操をより豊かなものとすることを目的として「人権の花運動」が取り組まれています。ひまわりの花言葉は「あなたはすばらしい」です。子どもたち一人ひとり大きな可能性を持っています。そして、素晴らしい存在です。一日も早くコロナウイルス感染症が終息して、子どもたちがひまわりのように大きく育ってほしいと願います。

 

令和2年7月20日(月) しゃぼん玉

17()、1年生の子どもたちが生活科の時間にストローや紙コップなどを使い、しゃぼん玉を作って遊んでいました。どうすれば大きなしゃぼん玉やたくさんの数のしゃぼん玉を飛ばすことができるか、ストローの吹き方を工夫したり、ストローをつなげて長くしたり、いくつものストローをいっぺんに口にくわえたり、ストローの先を折り曲げたりとしていました。一人で考えている子、友だちの様子を観察している子、友だちと一緒に考えている子とさまざまです。子どもの発想ってすごいなと感じました。太いストローや細いストロー、ゆっくり吹いたり、はやく吹いたりすることでしゃぼん玉の大きさや出方に違いのあることを子どもたちは体験を通した学んでいました。
   

イギリスに「学問なき経験は、経験なき学問に勝る」という諺があるように、経験は何ものにも勝る知識です。机上の学習だけでは、知識は定着しません。でも、自分で「あーでもない」「こーでもない」と経験しながら学んだ事というのは決して忘れません。松下幸之助氏の「百聞百見は一験にしかず」という名言があります。例えば塩を見れば、「塩というものは白いもので、こんな感じのもの」というのはわかります。しかし、塩の辛さといったものは、いくら頭で考えたり、目で見たりしてもわかるものではありません。実際に自ら味わってはじめて塩というものがわかります。世の中には、自ら経験、体験することでわかるものというものが少なくありません。この体験こそが子どもたちの成長には大切なものなんだなと感じました。

 

令和2年7月16日(木) ゆでガエル理論

「ゆでガエル理論」とは、ゆっくり変化する環境の中では、その変化に気づくことなく、気がついた時には手遅れになってしまっているという理論です。危機や環境変化に対応することの大切さやその難しさを戒めるたとえ話で、「ゆでガエル症候群」、「ゆでガエル現象」などとも呼ばれています。

カエルを熱いお湯に入れると驚いて飛び上がりますが、常温の水に入れて徐々に熱すると、その温度変化に気づかず茹で上がって死んでしまうという話です。現実にはあり得ない話ですが、企業経営やビジネスシーンなどでは、一つの教訓として定着しています。日本では1998年に出版された「組織論」(桑田耕太郎・田尾雅夫著、有斐閣アルマ刊)の中で、「ベイトソンのゆでガエル寓話」として紹介されています。

人も動物も基本的に変化を嫌います。特に集団になった途端、より強く変化を拒絶するようになるようです。逆から考えると「みんなと一緒だから安心」ということになるのでしょうか。行動経済学ではこの心理作用を「現状維持バイアス」と定義しています。「現状維持バイアス」とは、大きな状況変化ではない限り、現状維持を望むバイアス。未知なもの、未体験のものを受け入れず、現状を現状のままに維持しようとする考えや行動のことです。

今、学校も大きく変わるときに来ています。近年、急激に進む情報化や、グローバル化、AI(人工知能)の飛躍的な進化など、10年前では考えられなかったような激しい変化が起きており今後も社会の変化はさらに進むといわれています。

ニューヨーク市立大学大学院センター教授キャシー・デビッドソン氏によると、子どもたちの65%は将来、今は存在していない職業に就くとの予測がされています。さらに、オックスフォード大学准教授マイケル・オズボーン氏によると、今後10年~20年程度で半数近くの仕事が自動化される可能性が高いとも言われています。

このように社会の変化が激しく、未来の予測が困難な時代の中で、子どもたちが自ら未来を切り開き、生きていくために「主体的・対話的で深い学び」の視点からの授業改善が求められています。教師による一斉授業、暗記中心、知識重視の授業といったこれまでと同じ授業だけをしていたのでは、社会の変化に対応できません。これからの求められる授業とは、自ら問題を見つけて解決する能動的な学習を目指さなければなりません。そこで問題解決のためのアプローチ方法(グループワーク、ディスカッション、ICTの活用など)を身につけることが求められています。変化していく複雑な現代社会に生き抜くための『生きる力』(21世紀型能力)となります。現状に甘んじている場合ではありません。時代は刻々と変化しています。

 

令和2年7月15日(水) 授業研究のすすめ

学校では、先生が指導案を作成し授業を公開します。授業を公開することで、自らの気づきによって授業の改善、指導力の向上を図ることができます。また、授業研究は、学習指導に対する意見等を参観者から得られるなど、授業づくりに関する課題等を明らかにし、その後の指導改善に役立てることができる貴重な機会です。

今回の学習指導要領の改訂では、『主体的・対話的で深い学び』の実現に向けた授業改善が求められています。子どもたちが能動的(アクティブ)に学び続ける「アクティブ・ラーニング」の視点から、「何を学ぶか」だけでなく、「どのように学ぶか」を重視して、学校の授業を改善しています。子どもたちが学んだ一つ一つの知識がつながり、「わかった」「おもしろい」と思える授業、周りの人たちと共に考え、新しい発見や豊かな発想が生まれる授業などを工夫して、子どもたちの資質・能力を育んでいきます。

本校では、『自ら考え、表現するこの育成』を研究主題に、各教科等の教育内容を相互の関係で捉え、学校教育目標を踏まえた教科横断的な視点で、その目標の達成に必要な教育の内容を組織的に配列していく教科横断的な単元づくりに取り組んでいます。今年度の共通実践項目としては、『課題設定、話し合い活動、振り返りの充実』として、組織で子どもたちのために何ができるか、何をすれば子どもたちの学力の向上につながるかを意識して取り組んでいます。そのために、子どもたちの活動を重視し、一時間ごとに学習のねらいを明示し、子どもたちが見通しをもって課題発見・解決に取り組むよう仕組んでいます。そして最後に、学習に対する振り返りを行い、次時の学習につなげていきます。この一連の学習スタイルを一人一人の教師が身につけることで、子どもたちの学力を高める授業づくりが進みます。もっと言えば、授業を構成する教師の授業力が高まります。

 

令和2年7月14日(火) 教育への信頼

 今日の神戸新聞の記事に市教委(伊丹市ではありません)の体罰に関する調査結果が報じられていました。過去6年間に55件の体罰が確認され、児童や生徒62人が被害にあったと報じていました。

決して対岸の火事ではありません。伊丹市でも昨年度から体罰調査が単独で始まりました。このような事案が発生するたびに、大変な危機に直面することになります。本当の危機とは何でしょうか。現に発生している『体罰』事案にそのものにあるのではなく、それから生じる学校や教職員への『不信感』にあると言えます。危機に対して的確に対処するためには、何が危機なのかという本質を見極めることが大切です。

まず、体罰については、学校教育法第11条において「校長及び教員は、教育上必要があると認めるときは、文部科学大臣の定めるところにより、児童、生徒及び学生に懲戒を加えることができる。ただし、体罰は加えることができない」と規定しています。なぜ、体罰が起こるのでしょう。よく言われるのが「指導力の未熟さ」ということです。体罰は児童生徒の人権を侵害する行為であり、「体罰は絶対に許されない」との認識のもと、体罰の禁止を徹底しなければなりません。また、体罰を起こさないようにするためには、体罰を起こす指導者の特徴、起きやすい場面、時期、そしてその体罰の特徴を明らかにすることです。

さて、『体罰』事案にそのものに危機があるのではなく、そこから生じる学校や教職員への『不信感』にこそ、危機があると言えます。

教育事務所時代に、上司からよく『信頼』について話を聞かされました。信頼とは、2つの部分から成り立っています。一つは『能力に対する信頼』、そしてもう一つは『意図に対する信頼』です。教育の場合、『能力に対する信頼』とは、学校や先生は、子どものためにしっかり成長させてくれる『技量』と『能力』を持っているという信頼です。『意図に対する信頼』とは、学校や先生は、子どものためにならないことは決してしないという『意図』に対する信頼です。大切な子どもたちを預かる学校においては、一つの体罰という事案が学校・教育委員会という『組織に対する不信』につながります。『危機』に対する本質を見極め、正しい対処を明らかにすることが大切です。

 

令和2年7月10日(金) わたしのせいじゃない

学校では、今月(7)、「いじめについてのアンケート」を実施します。例年は、6月に行っているものですが、コロナウイルス感染症の影響で今月になりました。

『いじめ』がいけないことは誰でも知っていることですが、今でも悲しいことにいじめが原因で自殺をするといったことが後を絶たない状況にあります。『いじめ』は、人として決して許されない行為です。しかしながら、どの子どもにも、どの学校にも起こり得る可能性があります。

「わたしのせいじゃない」(岩崎書店)という小さな子どもでも読める簡単で短い絵本があります。この絵本は、レイフ・クリスチャンソンというスウェーデンの作家が書いた物です。何度か、これまでに学校朝礼で読み聞かせをしたことがあります。簡単に内容について触れると、一人の子どもが泣いています。14人の子どもたちが、次々に自分がいじめたのではないと、いじめていることを否定したり、自分の行為を正当化したり、いじめに加わっていないことを強調したりと、最後には、「わたしのせいじゃない」と、みんな言います。いじめの状況とともに責任のなすりあいが描かれ、本当にそれで良いの?責任について考えさせられる内容です。

文科省では、いじめについて次のように定義しています。『いじめ』とは、「当該児童生徒が、一定の人間関係のある者から、心理的、物理的な攻撃を受けたことにより、精神的な苦痛を感じているもの。なお、起こった場所は学校の内外を問わない。」としています。また、森田洋司氏による「いじめの4層構造(1986年)」では、被害者をいじめる加害者、観衆(はやしたてたり、おもしろがったりして見ている)、傍観者(見て見ない振りをする)が同心円状に取り囲みそれぞれがいじめに関与しているということです。いじめの持続や拡大には、いじめる子といじめられる子以外の「観衆」や「傍観者」の立場にいる側が大きく影響しています。「観衆」はいじめを積極的に是認し、「傍観者」はいじめを暗黙的に支持し、いじめを促進する役割を担っていることになります。

いじめを防止するには、「いじめは人間として絶対に許されない」という意識を一人一人の子どもたちに徹底し、全ての教師が自らの問題として切実に受け止め、徹底して取り組むべき重要な課題です。いじめをはやし立てたり、傍観したりする行為もいじめる行為と同様に許されないという認識、また、いじめを大人に伝えることは正しい行為であるという認識を、子どもたちに持たせるため、日頃から繰り返し指導することが重要となります。さらに、子どもから情報を得る手段をもっておくことも大切です。子どものことをわかっているつもりではダメなのです。真摯に子どもに寄り添って、そこから色々なことを知る術を持たなければなりません。

 

 

7月8日(水) 教育におけるICTの活用

新型コロナウイルス感染症による休校の長期化で学習に遅れが生じたことを踏まえて、国では、デジタル教科書や教材を使って、効果的な遠隔・オンライン教育を早期に実現することをめざしています。また、感染拡大を防ぎつつ学びを保障するために少人数でのきめ細かな教育体制の整備を検討しているとのことです。現在、義務教育標準法では、小学校の1学級あたりの児童数は、1年生が35人以下、2年生以上で40人以下と規定しています。兵庫県では、新学習システムを導入して独自に1年生から4年生までを35人学級、5年生以上を40人学級としています。全学年で35人学級が実現すれば、感染症拡大防止にもつながると共に、一人一人に丁寧な学習指導を可能とします。

さて、最初に書いた「遠隔・オンライン教育」の実現に向けて、文部科学省では4月16日に長期臨時休校した1213自治体、約2万5000校の公立小学校、中学校、高等学校及び特別支援学校などで調査を行いました。その結果、全ての自治体が教科書や紙の教材を活用している一方で、同時双方向のオンライン授業を実施していたのは5%だったそうです。教育のICT化は、喫緊に迫った新型コロナウイルス感染症の第2波への対策として、また、Society 5.0時代を生きる子どもたちの教育におけるICTを基盤とした先端技術の活用は必須です。そのためには、先生たちがICT活用スキルを高める必要があります。兵庫県では、学校現場のICT化を進めるために希望する教員約50人を対象に県立高校、市町立の小中学校でオンライン授業を進める「HYOGO(ひょうご)スクールエバンジェリスト」として任命し、約1年半の研修を受け、近隣校にノウハウを広げていくこととなっています。

教育でICTを活用するということは、映像やアニメーション、音声など、子どもたちが興味を持って取り組むことができ、授業が飛躍的わかりやすくなり、子どもたちの学力の向上にもつながります。また、これまでの教育では、大量の知識を覚えることに重点が置かれていましたが、知識や情報は、インターネットを利用すればいくらでも収集することができます。今、子どもたちに必要な能力は、膨大な知識や情報の中から必要なものを主体的に選び取り、活用できる「情報活用能力」だといわれています。

予測困難なこれからの社会を生き抜く、全ての子どもたちのために必要な資質・能力を確実に育成していきたいと考えます。

 

7月7日(火)今日は七夕

今日は七夕です。学校だより11号にも書きましたが、コロナウイルス感染症の終息を願い、「世界中でコロナが治まって、みんなで一緒に笑顔で遊べますように」と、多くの高学年の子どもが短冊にしたためていました。新型コロナウイルス感染症拡大防止のため、さまざまな学校行事が中止になったり制限されたりする中で多くのストレスを感じていることが伝わりました。
    

今日、雨が降る中、登校してくる子どもが「校長先生、今日は雨が降って・・・」と、とても残念そうな顔をしていました。天の川で彦星と織姫が会えることを楽しみにしていたのでしょう。
  

でも、七夕の日の雨については、「雨は一年ぶりの再会を喜ぶ、うれし涙」という説もあるようです。一年に一度しか会えないのだから、雨が降ったら延期というのは悲しすぎます。今日は、雨が降って見えないけれど、見えない星に子どもたちの大切な願い事がきっと届くはずです。

 

7月6日(月) 手書きノートとタブレット

新型コロナウイルスの2波・3波に備えて、伊丹市でも児童一人一人にタブレットが配備されることとなりました。文部科学省では、新型コロナウイルス感染症対策による臨時休業等を踏まえ家庭における ICT 環境整備の状況に配慮しつつ、あらゆる機会に ICTを最大限に活用することが子どもたちの学びの機会の保障に効果的であるとして ICTの積極的な活用を求めています。

これからの時代はタブレットも、鉛筆やノートと同様に重要な学習ツールになろうとしています。タブレットによる学習が当たり前になると、ノートへの手書き学習は必要なくなるのでしょうか?
  
                  【手書きノート学習】

 

          【タブレットを使った学習】

2016年、プリンストン大学とカリフォルニア大学ロサンゼルス校の研究チームによって手書き学習の効果について検証されています。大学生を対象に、普段の講義を手書きでメモをとる学生とノートパソコンでメモをとる学生を比較したところ、手書きでメモをとる学生のほうがよい成績をあげ、より長い時間にわたって記憶が定着し、新しいアイデアを思いつきやすい傾向にあることがわかったそうです。では、やっぱり手書き学習なのでしょうか。実際にタブレットを使って学習をしている子どもの様子を見ていると、子どもが興味を持って意欲的に学習しています。タブレット学習では、動画があったり、ゲームがあったりと、子どものやる気につながるような工夫がなされています。また、算数の式の意味や漢字の成り立ち、理科や社会の資料など、視覚的に勉強できるため記憶にも残りやすくなります。また、学校が休業になったときのも、遠隔による授業を可能にすることもできます。

どちらの学習にも一長一短があります。手書き学習では、ノートの書くという行為に時間や手間がかかるために子どもたちが自発的に学習しづらいということがあります。タブレット学習でも、突然のバッテリー切れや、圏外、フリーズのいったことがおこり使用できなくなることもあります。

このように、手書きノート学習もタブレット学習も、どちらの学習方法にもメリットとデメリットがあります。大切なのは、それぞれのデメリットを補いメリットを活かしながら、柔軟に学習方法を取り入れることではないでしょうか。

なお、手書きノート学習といっても、黒板のことをノートに写す段階から、自分の考えをノートに書く段階など、さまざまな段階があります。

 

7月3日(金) 学校と家庭の連携

1時間目の終了した頃、2階をまわっていると、2年生の子どもたちがトイレの手洗い場に、先生からいわれているのでしょう。手洗いの徹底を。でも、手洗いもいいけど、次々後ろに列がのびていきます。「密になっているよ」と声をかけると、手を広げて間隔をとっていました。とっても素直な子どもたちです。

 子どもたちに囲まれながら、教室の方へ向かう途中、「今日、私の誕生日」とうれしそうに話しかけてくる子ども、「今日、お寿司食べに行くの」と、今から家に帰ってからのことを考えて笑みがこぼれていました。その笑顔を大事にしてね。

 さて、今日は個人懇談会も最終日です。個人懇談では、時間を割いて来てくださる保護者の方のために短い時間ではありますが、保護者の思いを聞き、子どもたちの学校での様子(良いところや課題)をたくさん話してほしいと伝えています。

子どもたちのために、学校と家庭(保護者)との連携は、とっても大事なことです。まずは、先生と保護者とのコミュニケーションからだと思っています。自分(先生)にとって些細なことと思うことでも保護者の立場になればどう思うかを考えながら、怪我をしたときの対応や子どもが頑張ったときの様子、ちょっとしたことを電話や連絡帳、あるいは学級通信に書くことによって、教師の思いは伝わります。そして、そこに信頼関係が生まれてくるものと思っています。

 良いところはどんどん褒めて、もう少しのことは頑張れと励まし、課題があれば一緒になって考え、共に子どものために取り組んでいきたいと思っています。